AIとビッグデータが人間の仕事を奪う?--AIに負けない働き方とは

 朝日新聞主催のイベント「朝日地球環境会議2017」。3日目となる10月3日には、朝日新聞科学医療部記者の田中郁也氏がモデレーター役を務め、「AI×ビッグデータの衝撃にどう向き合うか」と題したパネルディスカッションが開かれた。

 モデレーターの田中氏は、冒頭で「人工知能という言葉は、1956年の『ダートマス会議』でマービン・ミンスキー博士が使用したのが最初。以降60年の間に進化を続けてきたが、その能力はまだまだ人間の5歳程度だとも言われている」と人工知能の成り立ちについて紹介。これに続き、3人のパネリストが人工知能の現状と課題についてプレゼンテーションをした。


人工知能の父と呼ばれるマービン・ミンスキー博士

AIはアルゴリズムにすぎない

 トップバッターとして発表したのは、Preferred Networks 最高戦略責任者の丸山宏氏。1983年に日本アイ・ビー・エムに入社した後、東京基礎研究所において人工知能など情報技術に関するさまざまな研究開発に従事し、人工知能の発展を長年見届けてきた研究者の1人だ。


Preferred Networks 最高戦略責任者の丸山宏氏

 丸山氏によると、現在の人工知能の歴史は第3世代にあたり、テクノロジをけん引している技術は「ディープラーニング(機械学習)」だという。

 「人工知能が最初に注目を集めたのは、画像認識の世界で、2012年にAlexNetというシステムが登場して、28.2%だったエラー率が16.4%と10ポイント以上、一気に改善して当時の人工知能研究の界隈で騒然となった。人間の場合は20枚に1枚ぐらい間違える程度の正答率なので、以降は人間よりも機械学習のほうが精度が高いということになった」と丸山氏。だが、ディープラーニングはまだまだ万能ではなく、人間と人工知能には根本的に違うと次のように説明した。

 「人工知能はアルゴリズムに過ぎない。ビッグデータに基づいて学習するが、それを収集した時と利用する時が連続していなければ有効ではない。しかし、人間の実社会というのは時々大きな変化があるもので、現状の機械学習の能力ではそれらに対応することが難しい」。

 つまり、単純な認識タスクでは機械学習のほうが人間よりも精度が高いものの、訓練データがないものに対しては無効であるという。丸山氏はさらに次のように説明を続けた。


単純な認識タスクでは人間よりも深層学習の精度が高い

 「人工知能はひらめいたりはしない。100%正しいという保証はできないのが機械学習で、例えば100%安全を保証する自動運転を実現しようと思ったら、それはまったく動かないクルマになってしまう。機械学習とはそういうもので、安全と公用性のバランスを明示的に用意できなければならず、価値観とも言える目的関数を定義するのは今のところ人間でなければできない」(丸山氏)。

 続いてプレゼンテーションをした、京都大学学際融合教育研究推進センター 特定教授の中小路久美代氏は、奈良先端科学技術大学院大学客員助教授、東京大学 先端科学技術研究センター特任教授を歴任した、情報科学の専門家。近年は、コンピュータと人の接点となるインタラクションデザインを主な研究分野としている。人工知能の発展と人間との関わり方について、中小路氏は次のように述べた。


京都大学学際融合教育研究推進センター 特定教授の中小路久美代氏

 「私から見ると、AI×ビッグデータの衝撃という議題に対して、多くの人が出口の価値だけを憂慮しているように見える。しかし、本当は変化の先の価値こそが重要で、それを利用することの世界、つまり人と人工知能とのインタラクションデザインをどうやって作り上げていくかを主体的に考えていくことが大切」。

 続いて発表したのは、メタデータ代表取締役社長の野村直之氏。「人工知能が変える仕事の未来」の著者としても知られ、ビッグデータの分析や、機械学習、AIによるディープラーニングの応用システムなどの開発に長年携わってきた1人だ。現在の人工知能については次のように評した。

 「少子高齢化による労働人口が減少する中で、AIは例えば農業分野への応用が有望視されているが、確かに果物を見分ける能力は人工知能のほうが優れていると言える。しかし、人間にとっては単純でふつうのことがまだまだ人工知能にはできなかったり、人間にかなわない部分は多い。生産性向上のためには有用だが、人間の学習とディープラーニングは大いに違うので、人工知能のために人手を減らすことはない。機械学習は良いも悪いもデータ次第で、実は正解のデータ作りのほうが人間の100倍コストがかかる。大事なのは精度であり、それを見極める能力が必要」。


メタデータ代表取締役社長の野村直之氏

 野村氏同様、人工知能に対する人間の優位性について中小路氏も次のように話した。

 「機械学習は不正解データが必要で、正解がある世界のみ成立する。しかし、実社会においてはどう正解を決めたらいいかわからないことが多くある。この知的な作業は人間にしか不可能」。

 中小路氏によると、例えば30年前は1分1秒でも長生きすることが幸せと考え、それを正解として医療は進化してきた。しかし、それが果たして正解なのかは必ずしも言い切れないところがある。過疎化の問題についても、都市部への人口集中は経済的効率的から言えば明らかに正解だと言えるが、「人それぞれにずっと暮らしてきた環境から切り離すことのデメリットは経済的価値からは数値化できない。人間ならではのいろいろな意思決定に正解はない。最低レベルでの最適解は人工知能では当分できないと思う」(中小路氏)と指摘する。

 これを受け、「AIと人間の関係は役割分担である」と語るのは丸山氏だ。「医者や弁護士といった職業の高度な専門知識の一部をAIに置き換えていくことはあるかもしれない。例えば膨大な凡例データから参照するのはAIが得意とするところ。一方で、例えばアパレルショップのスタッフのような趣味や好みを主張したり、正解のないところで判断したりするのが人間の仕事になるかもしれない。例えば洋服のコーディネートのように、シェアする喜びや幸せを人工知能が奪ってはいけないと思っている。人間のモチベーション的なものと結び付けて、AIとの役割分担を考えて行けたらいいと思う」。

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