――次に2016年度のプログラムに参加したお二人に聞きます。まずは、どのような活動をされているのか教えてください。
千田氏:エンドオブライフ・ケア協会では、在宅医などを中心に、人生の最終段階=終末期を迎える本人やご家族を支える医療・介護に関わる人材を育成する取り組みをしています。
終末期というと身体の痛みを和らげる緩和ケアなどを想像する方もいるかもしれませんが、身体の痛みを和らげてもなお残り続ける苦しみがあります。現場で感じる大きな悩みは、「こんな身体になって家族に迷惑を掛けるのなら早く死んでしまいたい」と生きる意味や目的を失い自分の苦しみを表出する人を前にして、どのように声を掛けたらいいのかわからない、そのためにそこにいることが苦しいと感じてしまうこと。そして、関わっている人も、自分がそこにいる意味や目的がわからなくなってしまうこと。こうした状況において最後まで誠実に関わる具体的な方策を学び、苦しみを抱えた本人が「生きていてよかった」と穏やかな最期を迎えられる社会を目指して活動しています。
森垣氏:「のびのびと」は、発達に障がいや特性を持つお子さんがのびのびと成長できる環境づくりをめざして活動している団体です。メンバーには臨床心理士や養護教諭がいて、私も言語聴覚士であり、実際に障がいを持つ子どもの療育や相談支援をしている専門家が集まっており、公的機関や既存の枠組みでは解決できない課題を解決しようと2016年の4月に立ち上げました。
事業は主に4つあり、障がいや特性について診断を受けたり何かしらの気づきがあった親御さんの心のケアをメインの事業としています。そのほか、保護者や支援者で交流できるコミュニティの運営、専門スタッフが施設に出向いて研修やワークショップを行う事業、そして一般社会と福祉の現場とのつながりを強くして障がいを持つ子どもたちにとってのより良い環境つくりをしています。
――活動を始めたきっかけについて教えてください。
森垣氏:私は起業家になりたいという動機ではなく、現場にいるとどうしても「この部分に公費が出る」という仕組みが決まってしまっており、障がいを持つ子どもの親に対するケアという最初にやりたいことが十分にできていなかったという課題が原点にあります。最初は保護者の方とワークショップを実施するなど、小さなことから始めました。
千田氏:2015年の団体設立時から中心になって活動している医師の小澤竹俊はホスピスで終末期医療に従事してきたのですが「どんなに痛みを取り除いても、取り除けない苦しみがある。その苦しみから学ぶということを、次世代の子どもにまで伝えることで文化を作っていきたい」という思いで2000年から小中学校を対象に「いのちの授業」を行ってきました。2013年頃からは、在宅医療が今後拡大していく中で、医療だけではなく介護に従事する人も含めて、最期を迎えようとする人にどのように関わることができるかを学ぶ研修を始め、現在の活動に至ります。
私自身は、元々企業で法人向け人材育成の業務に携わっていたのですが、2014年に相次いで父母を亡くした経験があり、自分の経験を活動に活かしていきたいという思いから活動に関わるようになりました。
――Villageソーシャル・アントレプレナーにはなぜ応募されたのでしょうか。
千田氏:団体立ち上げから1年で800名の受講者を集めることができ立ち上げは順調だったのですが、一方で次のステージに向かわなければという課題意識も持っていました。具体的には、私たちが掲げているテーマを、当事者になる前の広く一般の方々にどのように考えてもらうのかという課題や、地域に根差す活動を拡大しなければならない中で、仕組みづくりの知見がないという課題を抱えており、そうした課題解決をサポートしてほしいという思いで応募しました。
森垣氏:私たちは立ち上げてすぐの応募だったのですが、専門家が集まって始めた活動ということを知人に紹介したところ「(Villageソーシャル・アントレプレナーは)公的な支援や社会とのつながり方を学べる場だからよいのではないか」とアドバイスを受け興味を持ちました。私たちはみな障がい支援の専門家であって、周囲を巻き込むために事業を継続するための資金面などについては知見がなかったという状況でしたので、そうしたノウハウを学びたいという思いで応募しました。
――実際にプログラムではどのようなことを学べたのでしょうか。
千田氏:メンタリングでは厳しいディスカッションを通じてアイデアの試行錯誤がありましたが、中でも「あなたは社会に良さそうなことがしたいのか、それとも社会を本気で変えたいのか」という問いが強く印象に残っています。自分で実際にリサーチをして仮説検証をしてみたり、複数の人にメンタリングを受けて同じことを説明したりしながら、エンドオブライフ・ケア協会は何のためにこれをやるのか、誰がどう変わるとよいのか、医療職でも介護職でもない自分自身がなぜこれをやりたいのか、といったことを常に問われ続けたことで、覚悟を固めることができた9か月間だったと思います。
森垣氏:事業の進め方や資金面でのノウハウなどの蓄積はまだ道半ばですが、9か月を通じて特に印象に残っているのは、活動に対する思いを言葉にして何度も説明することを通じて自分のやりたいことの根底にあるものは何かを明確にすることができたことや、コーディネーターの方と一緒に情報を整理したことで、本当に必要なサービスは何かを考えることができたことですね。大勢の人の前でプレゼンするといったことも過去にはなかったので、これから活動を対外的に説明していくためには非常に大きな経験だったと思います。
――プログラムに参加して良かったことを教えてください。
千田氏:一番大きかったのはNTTドコモと関係性が作れたことだと感じています。私たちの活動の先には、救急搬送や社会保障費の適正化といった遠いKPIがありますが、そこに至る活動の成果を見える化したいと考えています。その上で、データを整理するためのICTの活用は不可欠と感じていて、そこでNTTドコモの力を借りたいという思いは強く持っていました。
一方で、プログラムの中では「この活動は“事業”ではなく“運動”でしょう」ということを何度も指摘されてきました。“死”というものを覆い隠している現代の社会に対して、誰もがそれを語れる文化を作る必要性も感じていますがこのテーマにおいて、“運動”と“事業”は相反するものではなく、これらを両立することはできるのではないかという課題意識をもって、葬儀業界や不動産業界、医療・介護関係者など色々な方々にヒアリングし、課題の奥行きに触れることができたのは良かったと思います。
森垣氏:私たちはオンラインコンテンツをやりたいという考えも持っていた一方でノウハウは全くなかったので、NTTドコモをはじめ様々な企業と繋がりを持つことができたのは大きなことでした。また多くの社会起業家の方々にメンターとして設立初期の段階で話を聞いてもらうことができたというのは、大きな経験になりました。
加えて、プログラムを通じて「自分たちは何をやりたいのか」ということを常に自問自答して言語化することができたのは非常に大きな経験になりました。事業を進めたいという思いがある一方で、一度スタート時の考えを壊して作り直すというのはジレンマでしたが、今後の活動の土台を作るという意味で非常に価値のあることでした。
――今後の活動で、テクノロジはどのように活用していきたいと考えていますか。
千田氏:人生の最終段階は、近しい人の死に遭遇したり自身が死と直面したりしなければ、元気なうちから考えることが難しいテーマです。大切な人に話を切り出すことも容易ではありません。しかし、大切な人がいよいよというときには、本人の意思がわからない中で、自分が判断をしなければならないかもしれない。そのときの判断は、遺された家族の心にずっと残り続けます。それでもなお、これでよいと思えるための考え方を、私たちはテーマをとして扱っているわけですが、本当は本人が元気なときから逃げずに向き合ってほしい。最期を見据えたコミュニケーションを通じて情報を蓄積していく、そうした逆引きをするためにテクノロジは有効なのではないかと考えています。
森垣氏:私たちは様々な場所でのワークショップの開催を通じて、保護者の方が自分にとっての“子育てのバイブル”を作れるような仕組みを生み出したいという構想や、広く全国でワークショップを実施できるようにワークショップをシステムで提供できる仕組みを作っていきたいと考えています。
――プログラムで得たものを踏まえて今後の活動に向けてどのような構想を持っていますか。
千田氏:専門職の育成と地域でのコミュニティ作りという従来からの活動は継続しながら、最期を迎える本人と最も近くで関わる家族をサポートする取り組みをしていきたいと考えています。例えば、家族は本人の子どもや配偶者であるとすれば40代50代のビジネスパーソンが多いと思うのですが、仕事でなかなか介護ができないわけです。そこで、企業の中で自分の親の終末期に向けた準備ができないか。介護離職を防止しながら親の介護と最期に備えることはできないか。こうしたテーマで研修プログラムが作れないかを模索しています。
森垣氏:私たちはまだマンパワーも十分ではなく事業の本格的な動きもこれからなので、今年度の目標としている活動は実現をめざしながら、仲間が関わることができる組織作りを進めていきたいですね。何をすべきかはプログラムを通じて明確になったので、引き続きNTTドコモやNTTドコモ・ベンチャーズの支援を受けながらロードマップを着実に進んでいきたいと思います。
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