PS VR「サマーレッスン」の“魅力あるVRキャラ”への挑戦--シナリオ担当者に聞く - (page 2)

「ページをめくる」「水の入ったコップ」の表現がVR空間では難しい

――その「やってはいけないこと」というのは、具体的にはどのようなことでしょうか。

日暮氏:細かい話ですがひとつの例として、ひかりちゃんが本を読むというシチュエーションで、ページをめくることが難しいというのがあります。僕らは普通に「本を読むひかり」と書いて、ページをめくる動作もあるだろうと思ってしまうのですが、VR空間の中で見ても違和感がないほど現実そっくりな「柔らかい紙」の表現が難しいと指摘されました。

玉置氏:ほかにも水面や液体の表現も、VR空間内では難しい部類に入ります。例えば「水の入ったコップ」は、3DCGで作ることそのものは技術上できます。でも、平面のモニター上で本物と感じられるものと、VR空間のなかで本物だと感じられるものでは、求められるレベルが全然違うということに行き当たったんです。

 画面の向こう側の世界は、自分のいる世界じゃないと頭でわかっています。でもVR空間の目の前にあるもので、それこそ水をかけられてしまうというぐらいに、自らの身に影響を及ぼしそうな距離にあるものに対しては、生存本能的にチェックは厳しくなるんです。なので水の入ったコップとか、ページをめくるときに表現される紙の柔らかさや透けている感じ、指に引っかかって少し曲がっている状況といったものを表現するには、それらの研究だけでゲーム1本作るぐらいの労力が現状では必要になっています。

 サマーレッスンにおいては、基本的にキャラクターを良く見せること、愛着を持ってもらうことがメインなので、そちらにリソースを割いていきたいという判断でした。もちろんこの先の技術進歩によって、そのような表現ができるように改善されていくだろうと考えています。

日暮氏:あとは視線の誘導ですね。イベントが発生したときに、その部分を見ていないと成立しないこともあるので、どのように視線を向けさせるかもかなり気を使いました。

――稲葉さんはいかがでしょうか。

稲葉氏:私は「触るか触らないかの距離感」を特に考えました。VRだと近い距離感と体験が重要で、本物にしか見えない人間が目の前にいると、もうちょっと近づきたい、それこそ触ってみたいという欲求はあると思います。でも、VR空間では触ったと思っても、現実には感覚がないわけですから、それがわかってしまうと覚めてしまう一因になります。

 かといって接触する感覚は面白さにつながるわけで、その触るか触らないかの距離感を生み出していくのに、どこまでやっていいのかが最初は見えにくかったです。ひかりちゃんは人間のパーソナルスペース以上に顔を近づけてきますけど、そういうドキドキ感はうまく演出できていると思います。

全編通して躊躇なくパーソナルスペースのなかに顔を近づけるひかり
全編通して躊躇なくパーソナルスペースのなかに顔を近づけるひかりちゃん

日暮氏:真面目な作りにしていることもあってか、いろんなところを見ようとすると思うのですけど、自然とそれが悪いことをしているような気になってくるんですよね。実際ひかりちゃんも怒ることがありますし。体験会などを見ていても、ユーザーが真面目に家庭教師として座っているという空気は感じられました。

玉置氏:やってて思ったのは、観客を巻き込む演劇に近いなと。演者や観客が近いに距離にいても、触るわけではないという。そのなかでどういうエンタメを提供できるか。もしくは、遊園地などのストーリーもののアトラクションの脚本を書いているのに近い感じとも言えます。

日暮氏:とはいえ、最初はストーリー性をもっと押し出したものは考えていました。制限はあるもののそこにとらわれず、こうしたら面白いということは意識してさまざまな案を出しました。

稲葉氏:これをやりたい、やったら面白いと思うものをとにかく出して、それをどこまで実現できるかを検討したほうがいいものになると思ったので。

玉置氏:キャラクターがいて感情移入してもらう、そしてドキドキしてもらうというのが、ほかのVRタイトルとサマーレッスンで違うところです。なので、ただ単にキャラのモデルが動き回っているだけでいいわけではなく、人の感情を動かすことが大事です。そのことをシナリオの観点で考えると、ドラマを作るということになります。

 ただ、ドラマ性やストーリーをしっかりと作り込むという方向性も検討した結論として分かったのは、現状では1分あたりのコストが非常に高く、ストーリー以外のことが全く出来なくなってしまう、ということです。そういう現状を考えると、長いストーリーを売りにしたVRコンテンツというものは、VRそのものが当たり前の世の中になったときに価値が出るものだろうと。PS VRのローンチ段階では、VRがどういうものかよく分かっていない方が多い状態ですから、VRとキャラクターが組み合わさると面白いということ、ドキドキする感覚があることを伝えることが最も重大な命題であると据えました。

日暮氏:まずはひかりちゃんを好きになってもらうということに比重が置かれて、口調やシチュエーションを含めて、かわいらしさを出すためにどうするかを考えていきました。口調もかなりチェックしました。

正解のない「普通」と「誇張」のバランスの難しさ

――口調やセリフについて、どのようなところが難しかったのでしょうか。

日暮氏:アニメのような誇張したしゃべり方も試しましたし、実在する女子高生の今どきのしゃべり方も試したのですけど、バランスが難しかった。VRの実在感は、口調ひとつとっても、違和感を覚えると急に覚めます。なので現実離れしない言い回し、当たり前のように感じられつつ、ちゃんとキャラクターを表せる言葉を選んでいきました。

稲葉氏:アニメにあるような「~だわ」というしゃべり方はさせていないのですけど、かといって、現実の女子高生のしゃべり方は、みなさんが思っているよりもはるかに普通で、それを再現してもユーザーが思い描くような女子高生キャラクター像にはならないんです。できるだけ「普通」と「誇張」のいいところを探っていったのですが、理屈で示せるものではなく感覚によるものですし、感じ方も人によって違うので、正解はないんですよね。

日暮氏:誇張させるとさめるからと思って特徴を削りすぎても、魅力の薄い女の子になってしまうのです。

稲葉氏:それを書いては直してを繰り返しました。これはサマーレッスンの開発全般に言えることだと思うのですけど、シナリオやセリフの面でも同じで大変なところであり、やりがいのある所でした。

玉置氏:現実離れしすぎて冷めてしまうところのラインがあるのですけど、そのラインって人それぞれで違うんですね。プレイの反応もたくさん見ましたけど、どのラインにあわせればいいかというのは、悩みどころでした。ただ、正解はないものですし、サマーレッスンはいろんなパターンがあるなかでのひとつの事例、第1号のようなものと思っていただけたらと。違うアプローチによって、フィクションの世界が培ってきたテクノロジやノウハウ、感性が生きてくるタイトルも出てくると思います。ひかりちゃんは、そういった未来も見据えたなかで、さまざまなVRキャラクターの礎になるようなものとして設計されたものだと思って頂ければ。

――動きやしぐさという点についてはいかがでしょうか。

稲葉氏:そこもかなり検討しました。例えばアニメだと「ごめんね」といって、自分で頭をげんこつでたたいて「てへっ」という言葉も見えてきそうな表現はよくありますけど、現実ではわざとらしく映りますから、VR空間ではさめる要因になりやすい。かといって、人が話すときは、みなさんが思っているほど動かないものです。それを再現しても絵的な面白さもなくなりますし、魅力も伝わりずらいです。今見返すと、もう少しあざとくしても良かったかなと思うところもあります。

何気ないように思われるしぐさにも、かなり話し合いが重ねられたという
何気ないように思われるしぐさにも、かなり話し合いが重ねられたという

玉置氏:その判断が難しいんです。体験する方の頭の中で期待しているひかりちゃん像を、そのままVRで体験すると冷めてしまうラインにあることが多くて、そこに隔たりがあります。冷めないけれども、期待しているものに近い口調なり動きを見せることを考えるのは、エンタメのVRコンテンツを作る上で避けては通れないポイントだと思います。

日暮氏:こと女の子とのコミュニケーションをテーマとすると、パーソナルスペースよりも近くにいるということがうれしいところだと思います。それを作るためのシチュエーションであったり、積み重ねをどうするということはたくさん話しました。私たちも単にテキストではなくシチュエーションやモーションまで提案しました。そこから関わることができたのは、やってて面白かったところでもあります。

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