「シン・ゴジラ」最大の課題は、総監督「庵野秀明」のこだわり--制作裏話を聞いた

 7月29日の上映開始後大ヒットを記録している「シン・ゴジラ」。「エヴァンゲリオン」などで知られる庵野秀明氏が総監督を務めた同作は、綿密な取材をもとに、現代日本にゴジラが襲来したらどのように政府は対応するのかを、リアリティのあるストーリーで表現した話題作で、庵野監督作品としては過去最高の興行収入53億円(8月28日時点)を突破している。

 シン・ゴジラの制作にあたっては、ゴジラそのものがCGで描かれるなどビジュアルエフェクト(VFX)が多用されており、スケールの大きい作品でありながら、非常に短期間での撮影を強いられたという。また、作品へのこだわりが強い庵野監督の要望にも応えられる制作環境の整備が必要だった。

 どのようにして時間とクオリティを両立させたのか、シン・ゴジラで編集・VFXスーパーバイザーを手がけたTMA1代表の佐藤敦紀氏と、VFXプロデューサーを務めたピクチャーエレメント代表の大屋哲男氏に、シン・ゴジラ制作の裏話を聞いた。

(左から)TMA1代表の佐藤敦紀氏、ピクチャーエレメント代表の大屋哲男氏
(左から)TMA1代表の佐藤敦紀氏、ピクチャーエレメント代表の大屋哲男氏

「シン・ゴジラ」最大の課題は、総監督が「庵野秀明」だったこと

――制作までの経緯を教えてください。

佐藤氏 正式に制作の話をいただいたのが2015年の1月です。その時すでに、2016年夏での公開が決まっており、実際にはスライドしましたが、2015年8月には撮影を開始し、10月には撮影終了する必要がありました。正直なところ、VFXを多用する映画としてはとても時間がありませんでした。

 2016年での公開が決定していた理由ですが、ギャレス・エドワーズ監督によるゴジラの続編が2018年に公開予定(のちに監督を降板) だったためで、公開までの1年は間を空けないといけない契約だったようです。また、2016年冬での公開も提案したのですが、東宝サイドが「夏に勝負したい」ということで、短いスケジュールをカバーすべく「プリヴィズ」と呼ばれる手法で制作が決まりました。

 「プリヴィズって何?」と思われるかもしれませんが、これは本番撮影の前にどういうアングルで、どういったセリフをしゃべるか事前に決めておくもので、海外ではメジャーな撮影手法です。日本でもフルCGアニメーションや最近の劇場用アニメで主流になりつつあります。

大屋氏 役者ではないスタッフなどでまずはビデオコンテを作り、それをもとに作品を仮組みするのです。

佐藤氏 アクションカットを使う作品などでは、アクション監督が本番とは異なる役者を使って、カットや撮影の流れを決めたビデオコンテを作り、後からその通りに撮影しています。これを全編で取り入れたかったのです。

――制作にあたっての課題は何だったのでしょうか。

佐藤氏 プリヴィズを使用したプリプロダクションやVFXワークにも課題はあったのですが、一番の大きな要素は、総監督が「庵野秀明」であることです。業界の人であれば分かってもらえると思いますが、やはり庵野氏が監督をするというのは、いろいろな意味で相当な覚悟を決めなければいけません。非常にこだわりが強い監督ですし、作品の質の向上のためならあらゆる努力を惜しまない人です。例えば本来であれば、ダビング中に尺をいじるのは御法度もいいところなんですが、庵野監督にはそれも通用しません。

 それゆえに、編集現場もフレキシブルに対応する必要があると考えました。僕も、最初はVFXスーパーバイザーとしてVFX現場の面倒を見る形でオファーを受けたのですが、編集も兼ねることになりました。その方が現場に対してアクティブに細かく指示が出せると考えたためです。

「シン・ゴジラ」最大の課題は、総監督が「庵野秀明」だったこと
「シン・ゴジラ」最大の課題は、総監督が「庵野秀明」だったこと

――「シン・ゴジラ」では、どのような制作スタイルを取ったのですか。

佐藤氏 通常とはかなり違う編集工程になりました。本来であれば、撮影後に初めて編集作業に移るのですが、今回は撮影前に準備稿をもとに声優にセリフを読んでもらう「音声ライカ版RUSH」を制作しました。いわゆるラジオドラマのようなものですが、僕と庵野監督の最初の仕事はこのRUSHを作ることでした。

 なぜこれを作ったかというと、庵野監督から上がってきた脚本が非常に分量の多いものだったからです。一般的には「脚本1ページ=1分」と言われており、概算すると3時間半~4時間の映画に相当する量でした。事前に、政府や官僚の会議の様子を実際に取材したのですが、頭の良い方々が多いためかかなりの早さでしゃべるようで、庵野監督曰く「みんな早口でしゃべるから大丈夫」と言うのです。実際に声優を使ってセリフを収録してみたところ、1時間半に収まり、制作が進むことになりました。

 音声ライカ版RUSHをベースに、絵コンテが上がってくればそれに差し替えます。プリヴィズ制作も進行しているので、プリヴィズ版が上がれば、それをはめ込みます。ただし、途中で脚本がどんどん変わるので、変更部分は助監督などにセリフをしゃべってもらい、それをはめ込むこともありました。本来であれば、映画の頭から終わりまですべてプリヴィズを制作してから本番撮影に移りたかったのですが、スケジュールはかなり遅れました。

声優を用いた「音声ライカ版RUSH」の制作はあまり前例がないという
声優を用いた「音声ライカ版RUSH」の制作はあまり前例がないという

 仕方ありませんので、セット図面にあわせて机を並べて、助監督などを例えば矢口役(シン・ゴジラの主人公の矢口蘭堂)などとして並べ、ビデオカメラでカット割を見つつ、編集に取り込むなどして、本番撮影前の映画のデザインを決めていきました。庵野監督は、プリヴィズを編集しながら同時並行でどんどん脚本を直していき、最終版が完成したのは本番撮影の2~3日前のことでした。スタッフに渡された脚本には全編にわたって、ものすごい量の追加の差し込みがありましたよ。

 本番撮影が始まれば、プリヴィズ版のRUSHの上に、撮影された映像をどんどんはめ込んでいきます。これをもとに、ポストプロダクション側が「PostViz」という、実際に撮影された素材に仮のCGをはめ込んだバージョンを制作し、それを確認して編集にフィードバックする作業を繰り返します。PostVizがOKであれば、それをもとに本番のVFX作業に移ります。本番のVFXも編集にフィードバックされ、また細かく編集を直すという作業を1年半ずっとやっていました。

「プリヴィズ版RUSH」を作成した後はVFXカットを入れつつ「本番RUSH」を作成する
「プリヴィズ版RUSH」を作成した後はVFXカットを入れつつ「本番RUSH」を作成する

――普通の映画の制作とは、どの点が異なるのでしょうか。

佐藤氏 音声ライカ版RUSHまで作ってしまう作品は今までなかったんじゃないですかね。アニメでは、プロデューサーや演出などの「劇団演出部」がセリフをしゃべってライカ版RUSHを作ることはありますが、今回のように実際の声優を使うことまではやりません。

 実は、ディズニーのアニメーションはこれに近い方式を取り入れています。プリヴィズというよりは絵コンテムービーに近いのですが、音楽や効果を付けた試写をみんなで観てフィードバックし、それでダメであれば脚本を書き直すという作業を集団で実施します。庵野監督は、これをすべて個人で作業していました。絵コンテを描いた上で、さらにスクラップアンドビルドし、実際の映像を見ながら何度も映画のデザインを作り替えたのです。

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