米国雑誌業界の最新ニュースを伝えるウェブサイト「Folio」は、前述の「マガジン・メディア360°」やその他のデータを踏まえ、2016年3月に、こんなタイトルの特集記事を発表しました。
同記事では、紙雑誌ではなく、消費者を中心に、従来の紙雑誌、電子雑誌、ウェブ、セミナー、読者クラブなど新しい事業を含めて事業全体を再編成することで、事業を回復させた雑誌社の実例を紹介しています。
ニューヨークに本拠を置くPentonは、10年前に売上の73%を占めていた紙のビジネスが、現在では24%にまで低下、そのかわりにデジタル事業(11%→36%)、イベント事業(16%→40%)を伸ばしたため、利益率が大きく改善したと報告しています。
他方、むしろ紙広告が、デジタル時代になって逆に伸びている雑誌もあります。たとえば、「New England Home」「Atlanta Homes & Lifestyles」といったライフスタイル雑誌を刊行しているEsteem Mediaは、紙雑誌は依然として強力な事業だと述べています。同社のCEO、アダム・ジャプコは、同社の紙広告が堅調な理由を次のように説明しています。
つまり、単に広告スペースを提供しているのではなく、一種の社交クラブ的機能を担っている、というわけです。
メディアは新興企業の成功譚が好きで、「負け犬の伝統勢力」対「勝ち誇る新興企業」という単純化された図式で物事を見がちですが、新しい事業分野でも、伝統企業が逆襲を遂げている例も少なくありません。5月5日、TimeのCEO、ジョー・リップ氏は、同社のネイティブ広告収益が、Buzzfeedを上回ったと述べました(New York Post)。
またHearstは、今年1月に、記録的な利益を計上したと発表しました。そのほとんどは、傘下に収めた投資情報サービスや医療情報サービスからのものだったということです。(New York Post)
ネット広告のリアル広告に対する優位点の一つとして、「成果報酬型広告」が実現できる、という点が指摘されます。毎日のようにウェブで目にする「アフィリエイト」も成果報酬型広告の一種です。広告主の製品が具体的に購入されたという成果に対して広告費が支払われる、という仕組みで、効果の曖昧な従来の広告をネット広告が圧倒する原動力ともなってきました。
ところが米国の雑誌社の一部では、ネット的な広告の仕組みを紙の広告にも取り入れています。広告による売上増加額を保証し、もし目標に達しなかった場合は、事実上返金に応じる(実際には無償で追加広告を出せるなど)というものです。
Magazines Create ‘Industry-Wide’ Guarantee of Print Ads’ Results(AdAge)
広告主から見れば、効果が見えない、という紙媒体の広告への大きな不満が取り除かれるということになり、相対的に紙の広告の価値が再認識されることは間違いありません。
そもそも米国では、ニュース雑誌に限っていうと、一部を除いて、喧伝されているほど部数は落ちていない、ということもあります。全国新聞がないので、ニュース雑誌が日本の全国紙の役目を果たしており、そうそう需要が落ち込まないと言われています(他方、ほとんどが地方紙である新聞がきつい)。
各所で報道されているとおり、紙の書籍も、電子書籍との相乗効果も相まって、最近の売上は堅調に推移しています。
Don’t Burn Your Books—Print Is Here to Stay(The Wall Street Journal)
Books are back. Only the technodazzled thought they would go away(The Guardian)
電子書籍が普及し始めた2010年頃、米国のメディア界では、「Print is Dead(紙媒体は死んだ)」という言葉が、一種の流行語(バズワード)となりました。
一番有名なのがMIT・メディアラボの所長(当時)、ニコラス・ネグロポンテの予言。2010年のあるコンファレンスで、「紙の本は、5年以内になくなる」と断言したのです。
Nicholas Negroponte: The Physical Book Is Dead In 5 Years(TechCrunch)。
しかし、誰もが知っているように、5年で紙の本はなくなりはしませんでした。雑誌についても、同じような予言はあちこちで聞かれましたが、どうもこちらも成就しなかったようです。
何か大きな変革が起きたとき、無責任な予言者が一時、大きな注目を浴びることがあります。メディアの歴史において、何度も繰り返された黄金のパターンです。
悲観論にせよ楽観論にせよ、予言が極端であればあるほど、注目は大きくなります。このような変化の時期には人々の不安感が増し、わかりやすいメッセージへの需要が高まるからでしょう。
この種の予言者は、さきほどのニュース雑誌の統計のような「事実」にほとんど関心を持っていません。「紙の本や雑誌の売上は実際にはどうなのか?」「数字だけでなく、その裏で何が起きているのか」「古い統計の外に、新しいビジネスが生まれていないか」――こうした細かいファクツにまで踏み込んで取材や調査をすると、バズワードにまとめられるような、単純な見方を取りにくいからです。
彼らは安易な方法で人々の注目を集めたい、「にわかジョブズ」のようにセミナーをやりたいだけなのかもしれません。そのようなことが目的であれば、確かに事実などはどうでもよく、「Print is dead」のような歯切れのよいスローガンだけがあればよいのです。
しかし、歴史を動かすのは、軽薄な予言ではなく、具体的な事実でありお金であり、実際にビジネスを動かす実務家でしょう。予言では飯は食えませんから。
こうしたことを踏まえると、dマガジンによる電子雑誌ビジネスの急拡大は、日本の雑誌が再び「勝利しつつあるという知られざる物語」の始まりになる予感がします。
※今回挙げたグラフなどは、Slideshareにも掲載しています。
林 智彦
朝日新聞社デジタル本部
1968年生まれ。1993年、朝日新聞社入社。
「週刊朝日」「論座」「朝日新書」編集部、書籍編集部などで記者・編集者として活動。この間、日本の出版社では初のウェブサイトの立ち上げや CD-ROMの製作などを経験する。
2009年からデジタル部門へ。2010年7月~2012年6月、電子書籍配信事業会社・ブックリスタ取締役。
現在は、ストリーミング型電子書籍「WEB新書」と、マイクロコンテンツ「朝日新聞デジタルSELECT」の編成・企画に携わる一方、日本電子出版協会(JEPA)、電子出版制作・流通協議会 (AEBS)などで講演活動を行う。
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