電子書籍ビジネスの真相

電子雑誌元年がやってきた(前編)--電子「部数」が紙を上回る雑誌も - (page 3)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2016年07月01日 12時30分

dマガジンの何がよかったのか

 それまではかばかしい話が聞こえてこなかった「電子雑誌」の世界で、大きな成功を収めたdマガジンですが、成功の秘訣は、何だったのでしょうか。いくつかの要因が挙げられています。

  • ドコモという巨大キャリアの認証・課金基盤を使ったこと
  • にも関わらずドコモと通信契約を結ばないでも使えるオープンID
  • 読み放題(サブスクリプション)であること
  • 雑誌単位だけでなく、記事単位で読めるUI

 日本のデジタルコンテンツ販売の世界では、通信キャリアは圧倒的な力を持っています。ガラケー時代にはキャリアの「公式サイト」という、世界でも稀なプラットフォームを構築して大きなビジネスとなっていました。

 スマートフォンの急速な普及で、一時、このビジネスモデルは崩壊の危機に瀕しているとも言われましたが、三大キャリアのすべてがiPhoneを販売し始め、それに合わせる形で課金認証システムをスマートフォンに最適化させたことで、再びキャリアの課金基盤の強みが発揮されています。dマガジンの成功は、その一つの例というわけです。

 利用者から見ても、いつも使っているキャリアと同じIDとパスワードでログインでき、さらに支払いも共通化できるのは、便利で安心でもあります。ウェブサービスでは、認証が一番の壁になることが多いのですが(新規の会員登録ほど嫌なものはありません)、この壁を最初からクリアできていたというのは、なんといっても強みになりました。

 さらにドコモは、dマガジンに先立ち、ドコモの通信契約者以外でも、ドコモのIDとパスワードを使って利用ができる「オープン化」を進めました。前出の「ブックパス」が、KDDIの「au ID」会員(KDDIの通信サービス利用者)限定のサービスであるのと対照的です。

 次に指摘できるのが、「読み放題(定期購読、定額制、サブスクリプション)」であることです。

 音楽配信の世界では、Apple Music、Google Play Music、Amazon Prime Music、LINE MUSICなど、定額制サービスが世界的には主流であり、「一部売り」が主流の日本の電子書籍・電子雑誌はトレンドに乗り遅れています。

 定額制のメリットとして、いろいろな指摘がありますが、筆者は「ログインの負担を減らしてくれる」というのが一番大きいと思っています。ログイン情報を保持する「クッキー」の設定にもよりますが、「一部売り」で電子書籍・電子雑誌をいちいちログインして買うのは非常に面倒です。「読み放題」に加入して、音楽なり雑誌なりは一つのサービスで利用すると決めてしまえば、実質ログインは不要になり、パスワードを覚えておく必要も減ります。

各雑誌の記事に直接リーチできる斬新なUI

 さらに、dマガジンで筆者が最も強い印象を受けたのは、それまでの電子雑誌サービスとまったく違うUIです。

 それまでの電子雑誌サービスやアプリは、ぱっと見た時の印象をどれだけ紙に近づけるか、ということが重要視されていました。

 書棚があり、雑誌が並んでおり、表紙をタップすると、雑誌の中身が前から順番に表示される……。

 一見、当たり前のようですが、よく考えると、これがなんともまどろっこしい。

 書店の店頭で雑誌を選ぶときは、前から順に見ていくよりは、目次などで当たりをつけて、面白そうなページを直接開いて、次から次へとななめ読み(ブラウジング)することがほとんどでしょう。やっている動作は「前から」なのですが、紙だと一瞬で中の記事を開けるのに、デジタルだといちいちページめくりの操作が必要で、面倒です。

 パソコンと比べて、スマートフォンやタブレットはタッチパネルが基本なので、だいぶ紙雑誌の感触に近づいたと言われますが、それでも紙雑誌の手軽さと比べると一段操作性は落ちます。そこに「前から」という制約が付け加わるので、さらに使いづらく感じてしまうというわけです。

 書籍は「前から順番に読む」のが基本ですから、同じようなUIでもあまり気にならないのですが、ざっと眺めるのが基本の雑誌では、既存の電子版のUIは、むしろ紙からの「退化」と感じられる面もありました。

 ところがdマガジンでは、表紙から順に読んでいく「雑誌から選ぶ」というコーナーの他に、「記事から選ぶ」というコーナーがあり、各雑誌の記事に、直接リーチすることができます。

 さらに「ランキング」「ホットワード(旬の話題)」「特集」といった複数の軸から、雑誌をまたいだ横断的な「ななめ読み」ができるようになっています。

 「雑誌から選ぶ」も「記事から選ぶ」も上下左右に動くカルーセルで、書店での立ち読みを再現したような体験を可能にしています。雑誌の中を読む際も、バーの上にサムネールが表示されるなど、「ななめ読み」がしやすい工夫が随所に見られます。

 アナログの得意な「立ち読み」感覚と、デジタルでしかできない「記事単位のななめ読み」、この二つの創意工夫が相乗効果を生み出して、これまでにない電子雑誌サービスを実現したのが、dマガジン成功の理由だと思います(なお、dマガジンのシステム開発と運営はKADOKAWA傘下のブックウォーカーが担当しています)。

 後編では、米国で巻き起こっている「メディア360°」と呼ばれるトレンドを紹介しつつ、「電子書籍」「電子雑誌」を再度考察します。


林 智彦

朝日新聞社デジタル本部

1968年生まれ。1993年、朝日新聞社入社。
「週刊朝日」「論座」「朝日新書」編集部、書籍編集部などで記者・編集者として活動。この間、日本の出版社では初のウェブサイトの立ち上げや CD-ROMの製作などを経験する。

2009年からデジタル部門へ。2010年7月~2012年6月、電子書籍配信事業会社・ブックリスタ取締役。

現在は、ストリーミング型電子書籍「WEB新書」と、マイクロコンテンツ「朝日新聞デジタルSELECT」の編成・企画に携わる一方、日本電子出版協会(JEPA)、電子出版制作・流通協議会 (AEBS)などで講演活動を行う。

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