諦めたらそこで試合終了--オムロン vs タニタの知財訴訟から学ぶ、権利の有効・無効 - (page 2)

大谷 寛(弁理士)2016年02月26日 07時00分

なぜ判断の食い違いが生じるのか

 オムロンは高裁に不服を申し立てて特許庁の判断を覆したわけですが、そもそもなぜこのような食い違いが生じるのでしょうか。

 その背景には「審査基準」の存在があります。特許庁の審査では「審査基準」というマニュアルが作成されていて、そこでは各商品について「類似群コード」というものが割り振られています。審査官は、原則として類似群コードが同じであれば同一又は類似商品、異なれば非類似商品と判断するのです。日本国特許庁への商標登録出願は年間10万件以上ですので、審査官が公平で画一的な判断をするためのマニュアルが必要なわけです。

マニュアル

 オムロンの商標について指定された「体脂肪測定器、体組成計」は「医療用機械器具」の具体例として位置付けられており、タニタの商標について指定された「脂肪計付き体重計、体組成計付き体重計、体重計」は「医療用機械器具」とは区別された「測定機械器具」の具定例として位置付けられています。

 そして、審査基準では「医療用機械器具」に「10D01」、「測定機械器具」に「10C01」の類似群コードが割り振られていることから、タニタの商標はオムロンの商標に類似しないものとして登録されました。そして、オムロンが登録の無効を特許庁に申し立てても、やはり類似していないとして棄却されました。いずれも特許庁としては自然な判断なのです。

権利の有効・無効は証拠次第

 この事件では、オムロンが特許庁の判断(棄却審決)に不服を申し立てて高裁に訴訟を提起し、「医療用機械器具」「測定機械器具」という抽象的なカテゴリではなく、「体脂肪測定器、体組成計」「脂肪計付き体重計、体組成計付き体重計、体重計」という具体的な商品が市場でどのように取引されているのかを詳細に主張しました。主張を支えるための証拠も膨大に提出されています。

 それにより、「体脂肪測定器、体組成計」と「脂肪計付き体重計、体組成計付き体重計、体重計」は、審査基準の原則とは異なり、類似するマークを使用すると需要者が同一の営業主の提供する製品であると誤解を生じさせる関係にあると判断されました。具体的には裁判所は、タニタがテクノロジ・ブランド「デュアルスキャン」を家庭用の体重計などに使用すると、消費者はオムロンの商品だと誤解するおそれがあると判断しました。

 特許庁には年間10万件以上の商標が出願されていますので、1件に各審査官が使うことのできる時間もおのずと限られてしまいます。家庭用と医療用の体組成計、体重計が実際に現在どのように取引されているかを詳細に調査した上で審査することはできないのです。しかし、この事案のように競合企業が労力を割いて証拠収集をすると、特許庁では審査対象とされなかった事実が考慮されることになり、判断が覆ることがあります。

 権利が有効と判断されても、競合企業が力を入れて証拠収集をすれば無効となることもありますし、その逆もあります。権利の有効・無効はその時点で考慮される証拠次第。言い方を換えれば、「諦めたらそこで試合終了」。スタートアップのリソースは限られているわけですが、重要な権利については競合、特許庁、裁判所と徹底的に戦う姿勢も重要です。

 ご質問がありましたらLINE@で。

大谷 寛(おおたに かん)

大野総合法律事務所

弁理士

2003年 慶應義塾大学理工学部卒業。2005年 ハーバード大学大学院博士課程中退(応用物理学修士)。2014年 2015年 主要業界誌二誌 Managing IP 及び Intellectual Asset Management により、特許分野で各国を代表する専門家の一人に選ばれる。

専門は、電子デバイス・通信・ソフトウェア分野を中心とした特許紛争・国内外特許出願と、スタートアップ・ベンチャー企業のIP戦略実行支援。

Twitter @kan_otani

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