私の人生初の海外生活はインドだった。会社設立と同時に駐在が始まったので、最初は1人からのスタートだった。まさに暗中模索であり、試行錯誤の日々であった。今でも当時を思い出すと心が苦しくなる。
その一方で、日本では体験できないような新興国ならではの経験も積んできた。そういった経験を元に新興国で求められるビジネスパーソンスキルについて考えてみようと思う。
「インド生活は大変ですよね?」と聞かれることが多い。確かに日本と比較すると大変なことは多いが、すべてが大変というわけでもない。たとえば食事。最近はグルガオン周辺では日本人経営の日本食レストランが増えてきた。新鮮な鶏肉を使った焼き鳥や、現地で製麺したラーメンを提供する店もできている。日本食以外でも、イタリア料理、中華料理、韓国料理などの選択肢もある。価格が高いことを除けば、食生活は豊かになってきている。
一方で、大変なのがデリーの冬である。インドというと年中暑いイメージがあるが、冬は日本並みに寒い。夏場は45度くらいまで気温が上昇するが、冬場は5度くらいまで下がる。オフィスやアパートも暖房施設が乏しいこともあり、寒さが身にこたえる。インド人も冬はセーターやコートを着て防寒している。
寒さなら耐えればよいが、一番問題なのが大気汚染である。冬場は気温の低下と共に汚染された空気が地上に舞い降りてきて常に霧がかかった状態になる。特に朝夕は数メートル先が見えないほど視界が悪化する。PM2.5の汚染度が北京を抜いて世界一になったと聞いた。インド政府も対策を急いでいるようだが、改善の兆しは全く見えていない。
会社を設立して最初にしたことがインド人の採用である。面接にやってきた候補者は20代後半が多かったのだが、履歴書を見てみると転職歴が4〜5社ある。インド人に転職の理由を聞くと、ほとんどが給料を上げたいからだという。日本の価値観からすると、こういう人は採用しづらい。だがインドでは、転職すると年収が20〜30%上昇するため、20〜30代では転職を繰り返すのは当たり前なのである。
ある時、グルガオンで広告イベントがあり、自社のブースを出展することにした。事前に何度も打ち合わせし、準備万端で迎えたはずであった。イベント前日にブースが完成する予定だったのだが、ストライキが発生したという理由で材料を積んだトラックが着いたのは夕方だった。しばらくするとインド人が20人ほど集まってきたが、今度は誰も手を動かさず、作業が進まない。結局、ブースが出来上がったのは真夜中であった。
日本人からすると、タイムスケジュールに沿って仕事をするのが当たり前だが、インド人からすると間に合えばいいだろうという感覚である。こういった価値観のギャップの話は山ほどあるが、日系企業でインドに進出している身としては、どこまで日本の価値観を押し通すべきなのか、どこまでインド人の価値観を尊重すべきなのか、悩ましいところでもある。
海外での駐在員の生活は恵まれていると思う。専属ドライバーや、掃除や料理をしてくれるメイドを雇っている人もいる。せっかくインドまで来たのに会社と自宅の往復だけという人もいると聞く。だが、たまにはインド人と同じ不便さを味わってみるのもよい。
たとえばオート(三輪車)に乗ってみる。運賃は世界一安いといわれているが、運賃は交渉しないといけないし、数キロの短距離しか移動できない。そういった背景もあり、四輪車を配車してくれる「Uber」や「OlaCabs」が伸びてきている。
地下鉄(メトロ)に乗ってみると、朝夕は東京並みの混雑である。遠い人だと片道2時間かけて通勤している。電車の中ではスマートフォンを使っている若者が増えてきている。インド政府はGoogleと共同して鉄道駅に無料のWi-Fiスポットを拡充しようとしている。不便というのは悪いことではなく、まさに新興国においてはビジネスチャンスなのである。
佐々木誠
マイクロアド・インディア 代表。2012年よりインド・デリー在住。
大学卒業後、商社に勤務後、2000年にサイバーエージェントに入社。
ネット広告事業に営業担当として携わり、「Ameba」の立ち上げや新規事業にも参画。
2012年マイクロアド・インディア代表に就任後、ディスプレイ広告の配信プラットフォーム「MicroAd BLADE」を主力サービスとしてインド企業や日系企業を開拓中。
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