今回のテーマは「IoT」。あらゆる場面にITが浸透し、小さなデバイスまであらゆるモノがネットワークにつながり価値を生む世界。それが、注目を集めるIoT(Internet of Things)だ。製造業やヘルスケアの分野など、さまざまな業界で先進的な取り組みが出始めている。デバイスの定義にもよるため幅が広いが、世界でインターネットにつながるデバイスの数は2015年の49億~250億個から、2020年には300億~500億個へ拡大するといわれ、中にはセンサー類も含めて10兆個との予測もある。いずれにせよ、全世界の人口を超えるのだ。
このように急成長が見込まれるIoTだが、IBMは2015年の4月にIoT分野において今後4年で30億ドル(約3600億円)を投資すると発表した。そして日本でも7月に、日本企業や国内産業界のIoT技術活用を支援する専門チーム「IoT事業開発推進室」を設立した。「スマーター・シティー・プロジェクト」や「IBM Watson」などのアナリティクスで培ってきた、グローバルの知見を日本に適用するととにも、国内企業の持つモノづくりの知見をグローバルレベルに展開する。
日本IBMで、このIoT事業を統括する村澤賢一氏(IoT事業開発推進室長 兼 グローバル・ビジネス・サービス事業 クラウド・サービス推進事業 事業部長)に話を伺った。聞き手は、CNET Japan 編集長の別井貴志。
--IBMでは、どのようにIoT事業に取り組んでいるのでしょう。
村澤氏:IBMのIoT事業の取り組みは、大きく2つの系統に分かれています。まずは、グローバル企業としてのIBMの活動です。基礎研究からビジネスへのIoTの応用まで世界中で展開しており、技術の観点からIoTの推進を始めています。
もうひとつは、日本IBMで私が担当するIoT事業開発推進室で、2015年の7月に発足しました。IoTをテコにして、日本の企業のみなさんとともに、新しいサービスを展開したり、新しい収益源の創造をサポートしています。この2つがバラバラに動くのではなく、密に連携しています。
--IoTというキーワードの受け止め方は、企業や人によって異なる場合があります。IBMとしては、どのようにIoTを捉えていますか。
村澤氏:IBMでは、次の3つの領域に整理して考えています。まず1つめは、「運用管理能力の強化」の領域で非常に価値のある領域です。
たとえば、製造業のお客様は、生産性の向上や品質を高める活動を、従来から取り組まれており、サプライチェーン全体での効率性と競争力を高めてきました。一方で、さらに細かく見ていくと、加工機などのさまざまな製造設備には、年間を通して想定外のダウンタイムが発生し、その影響による不利益がさらなる全体最適を目指した場合、軽視できない状況です。
そこで、製造設備から得られるデータを常時モニタリングや分析することにより、危険な兆候を早めに検知して、予防的な処置を施せます。そうすることで、想定外のダウンタイムを未然に防ぐことができ、トータルのダウンタイムを大幅に圧縮できる、といった取り組みが可能になります。このように、もう一歩踏み込んで、運用管理能力を強化していく場面で、IoTが貢献できると考えています。
2つ目の領域は「イノベーションの加速」です。モノとモノがつながり、新たな価値を創造する世界を実現するためには、技術面に加えて、関連する法制度体系の再整備など多岐にわたる活動が必要となります。その意味で、IoTの世界を前提とする新たな製品やサービスを継続的に生み出して行く仕掛けつくりが重要な要素となります。IBMは、そういったイノベーションを加速する製品やサービスの強化において、トレーサビリティ、セキュリティの面からも価値を訴求できる領域を持っていると考えています。
3つめの領域は「モノとヒトのつながりの拡大」です。モノとモノがつながって、その先でヒトとつながっていくところですが、ここは期待も誤解も、振れ幅が大きなところだと認識してます。
一例として、自動車保険の「テレマティクス保険」を考えてみましょう。日本市場では、オフライン(予想走行距離に基づく保険料の算出)のPay As You Drive型自動車保険のサービスは10年ほど前から、展開されています。現在、検討が進められているのは、自動車に搭載された各種センサーを介し、運転状況(速度や急発進、急ブレーキといったドライバー固有の特性)を取得して、個々のドライバーのリスクを分析して保険料に反映する、といった取り組みです。
このように、モノとヒトがつながる場面で、サービスの価値を向上できるように事業者間で垣根を越えて新しいサービスを組み立てていくことが、これから増えていくと思います。前者2つと関連する部分もありますし、新しいビジネスモデルを構築していく面では、われわれのコンサルテーションから環境整備や、場合によっては運用支援まで、一連のサービスを提供できると考えています。グローバルのIBMとしては、IoTとして、このような3つの領域で整理して考えています。
--日本のIoT市場については、どのように考えていますか。
村澤氏:3つの領域でご説明した、最初の2領域である「運用管理能力の強化」と「イノベーションの加速」というテーマは、基本的に企業の内側に閉じた活動になります。製造現場でのプロセスやオペレーションの改善、機器・設備の予防保守や予兆保全などが適用分野です。私たちは、これを「狭義のIoT」と呼んでいます。
3つ目の「モノとヒトのつながりの拡大」というテーマでは、1つの企業だけでなく、自社とパートナーとお客様を含めたオープンなつながりの構築が重要になります。こちらは、「広義のIoT」として整理しています。
そして、日本のお客様のことを考えたとき、日本固有の課題があります。たとえば、労働者人口の減少であるとか、製造業の匠の技の伝承であるとか、日本の生産性向上をどうやって実現するのかといった課題です。日本の企業としては、徹底して安心、安全を追及する文化を失ってはいけません。新しい製品やサービスの領域に挑戦するとき、このような日本企業が持つ文化を伝承していく必要があると思います。
これらの日本固有の課題は、経営のテーマとして考える必要があると思います。現場の工夫、発想力、行動力といったものを大事にしながら、経営トップとしてどうバランスを取るか。狭義のIoTというテーマは、現在、対応の時間を区切って、一気にレベルを上げていくべきタイミングにあると思います。
広義のIoTについては、多くの企業が自社の枠を超えて、他の企業とどのように協力していくかを模索していると思います。私たちも、日本郵政やAppleとともに、高齢者向けサービスの実証実験を始めています。
--ビジネス面の捉え方は理解しました。では、テクノロジ面ではどうでしょう。
村澤氏:つながることが前提になっているIoTでは、つながりの範囲が拡大するほど、その価値が向上するということは、誰しも直感的に思うところだと思います。つながりを向上させるためには、データ集めていくところ、モノとモノの間のデータ連携、また関連するサービス間の連携を、いかに効率的に行うかという点が重要になります。たとえば、IBMは「MQTT(MQ Telemetry Transport)」という通信プロトコルについて、考案段階より関与していますが、通信の信頼性の確保と軽量化を両立している点で、IoTの世界で大いに活用されると考えています。また、APIを介したデータのやり取りにおけるデータ・モデルの整理なども重要なテーマです。
IoTでは、ドイツを中心とした、製造業にフォーカスしたインダストリー4.0という取り組みがあります。また、米国では、製造業に、エネルギー・ヘルスケア・公共・運輸を加えた「Industrial Internet Consortium」において、グローバルのIBMが、GEやインテル・シスコらと共に参加しています。日本でも、内閣官房が主催する「ロボット革命イニシアチブ協議会」に、IoTによる製造ビジネス変革WGに、日本IBMからも技術理事が参画しています。
このように、IoTの領域では多くのコンソーシアムや協議会が設立され、活動を開始している状態ですが、日本の企業の皆様の取り組みが貢献できるように、うまくバランスを取りながら進めていきたいと考えています。
--標準化というと、テクノロジーだけでなく制度やモラルのようなルール作りも重要だと思います。IoTによって生み出された大量でさまざまなデータをどのように取り扱うかなど。
村澤氏:おっしゃるとおりです。サービスの価値を、最終受益者まで含めた全体のビジネス価値して捉えると、IoTの世界を支える技術的な側面のみならず、関連する人々の認識ですとか、前提となる法制度体系などIoTをめぐるコンテキストの部分がとても大事になると思います。
私たちも、一市民として考えたとき、我々の消費行動につながるような世界にも、当然IoTの世界が入ってきます。それをどの程度許すのか、個人情報の活用をどこまで許容するのか、いくつかのパターンに整理できるのではないかと考えています。ある方は厳格に制限したいと考えたり、また別の方は、新たな世界観をもっと楽しむために積極的に活用して行きたいと考えるかも知れません。そういったことを、実際にやりながら調整していくといった取り組みの重要性を意識しています。
その意味で、イギリスは先進的な取り組みを進めていると考えています。欧州のIoTというと、インダストリー4.0のようなドイツの取り組みが目立ちますが、イギリスには、データプロバイダーもたくさんあって、非常に注目しています(「ロンドンテクノロジーウィーク」の取り組みなどもある)。一般の消費者やサービスの最終受益者が需要とデータのオーナーとして振舞るVRM(Vendor Relationship Management)であったり、つながる世界を前提した企業や消費者の連携や活動をよりやりやすくするための環境整備が、益々重要になってくるのではないでしょうか。
--そういった意味では、IoTのビジネス領域はかなり広いので、いきなりすべての産業で取り組みます、とはいきませんね。
村澤氏:そうですね。IoTは対象領域が広いので、フォーカスしていくことが不可欠です。先ほどご説明したような、狭義のIoTでは、まず製造業のお客様を中心にして、運用管理の強化とイノベーションの加速といったテーマで、IoTを本物のビジネスにしていくために第一優先で動いています。
一方で、広義のIoTでは、新しいサービスモデルを実現してくための仕込みに注力しています。ヘルスケアや流通系などの分野で、準備を進めて参ります。
一方で、広義のIoTでは、新しいサービスモデルを実現してくための仕込みに注力しています。最初の一歩が蹴られないと、物事は転がっていかないじゃないですか。ヘルスケアや流通、リテール系といった分野で、それを仕込んでいっているところです。他の企業も、各社得意分野で、いろいろな取り組みを始めていると思います。それが、2015年の後半から2016年にかけて、「カンブリア大爆発」のように、新たな価値創出に向け大きく動いていくのではないでしょうか。
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