8月20日、デジタルハリウッド大学大学院駿河台キャンパスにて「エンタテインメントの未来を考える会 黒川塾(二十八)」と題したトークセッションが行われた。コラムニストの黒川文雄氏が主宰、エンターテインメントの原点を見つめなおし、ポジティブに未来を考える会となっている。
今回は「クリエイターのシンギュラリティ(技術的特異点)」がテーマ。ゲームコンテンツの開発が安価なツールで簡易化が促進され、さらに新しいデバイスによってジャンルもプレイの仕方も多様化。さらにクラウドファンディングなど資金調達の新しい仕組みによって、クリエーターの自由度が高まっている。大手のゲームメーカーに所属しなくてもゲーム制作や発信が可能になってきた昨今、大手メーカーに属した経験を持ち、現在は独立して活動するゲームクリエーターが対談した。登壇したのはArtPlay代表取締役/プロデューサーの五十嵐孝司氏、ストーリーテリング代表取締役のイシイジロウ氏、10月からユークスで活動する内田明理氏の3名。
五十嵐氏は、コナミ(現在のコナミデジタルエンタテインメント)在籍時にPCエンジン版「ときめきメモリアル」でシナリオやプログラムを担当したのをはじめとして、「悪魔城ドラキュラ」シリーズのプロデューサーなどを歴任。独立後は2014年9月にArtPlayを共同で立ち上げ、クラウドファンディングによる資金調達で「Bloodstained: Ritual of the Night」の制作を進めている。
イシイ氏は、日経映像でPC向け育成シミュレーションとしてリリースし、コンシューマゲームとしても展開した「リトルラバーズ」シリーズをはじめ、チュンソフト(現在のスパイク・チュンソフト)で「428 ~封鎖された渋谷で~」、「3年B組金八先生 伝説の教壇に立て!」といった人気タイトルを制作。レベルファイブを経て独立後は、クラウドファンディングによるアニメ作品「Under The Dog」の原作・脚本や、アニメ版「モンスターストライク」のストーリー・プロジェクト構成を担当している。
内田氏は、コナミの「ラブプラス」シリーズや「ときめきメモリアル Girl’s Side」シリーズといった熱心なファンを持つタイトルを手がけ、ファンからは“お義父さん”の愛称で親しまれていることでも知られている。6月の記者会見で、ユークスに入社することを発表。そこで内田氏を中心とした部署「Uchida lab」(ウチダラボ)を設立し、開発に取り組むとしている。ちなみにトークのなかで、Uchida labとは別に個人でも会社を設立して活動することを明らかにした。
まずは、それぞれがなぜ独立を決断したかについて語られた。五十嵐氏は当初、会社に守られている状況から独立することに不安を感じていたと当時の率直な心境を語った。相当悩んでいたが、ゲームクリエーターで知られるcomceptの稲船敬二氏がクラウドファンディングで「Mighty No.9」の資金調達を行い、サクセスした事例を見て「市場は小さくても食べていける分はあるだろうから、パブリッシャーさえ見つかればなんとかなる」と思い、独立を決めたという。もっとも6カ月ぐらいは無職状態が続いたとも付け加えた。
イシイ氏は、独立前に所属していたレベルファイブの代表である日野晃博氏ならびに、ニトロプラス所属のクリエーターである虚淵玄氏によって業界に与えた影響が、独立のきっかけと振り返る。日野氏は「イナズマイレブン」シリーズや「妖怪ウォッチ」シリーズなど、ゲームの枠にとらわれないメディアミックス展開でヒットに導き、虚淵氏はゲーム会社に所属しながらアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」シリーズの脚本に携わり話題を呼んだ。イシイ氏は、このころのアニメのヒット作品はゲームクリエーターが関わっている形となり「ゲームクリエーターにアニメのシナリオを書かせたら、いいものを作る」という風潮ができたことから、イシイ氏のもとにもアニメ業界からシナリオ制作のアプローチがあったという。
もっとも作品によっては携わるのが4年ぐらい先のものもあり、そこまで先のスケジュールを抑えるのは会社員として難しいため、そのころから漠然と独立を考え始めたという。それには、関わるコンシューマゲームのプロジェクトが巨大化し、シナリオよりも制作のマネジメントに時間が取られ、作りたいものを作る形ではなくなったことや、コンシューマゲームだと制作期間が長く場合によっては4年に1本しかタイトルがリリースできないこともあり、アイデアがたまっても世に出す機会が失われてしまうことも背景にあったという。アニメなどのシナリオであれば1年に2本程度世の中に出すことができ、なおかつ多くのアプローチがあり数年先までのスケジュールが埋まったことから独立に至ったと語った。
内田氏はビデオゲーム業界の流れとして、これまでストーリーや世界観、キャラクターを提供するゲームビジネスを行ってきたのだが、最近ではギャンブルに近い「当たった外れた」で快感を与えるような形のゲームも出てきており、その変化が独立のきっかけと明かした。この2つのタイプのゲームについて「乗用車とトラックぐらいに仕組みが違う」というぐらい、別のビジネスであると主張。内田氏もどちらかがいい悪いの話ではなく、ともに必要なエンタメであると自らもいろいろと挑戦を試みたものの、ギャンブル性で快感を与えるタイプのゲームでは、自分の得意としている部分を生かせないと感じたと振り返る。
またアプリ市場では大手メーカーの寡占が進んでいるものの、今でも個人が作ったものがランキングにいる状況や、SNSの発達で個人でも情報発信ができるような環境も整っており、支持してくれるユーザーに向き合いつつ、自分の得意な部分を生かせる企業と個人の中間のような立ち位置で活動することができるのではとの思いから、独立を考えたという。そんなときに、ユークスから声がかかり入社を決めたとした。
五十嵐氏は二十数年間ゲームを作り続けてきたなかで、ストーリーではなくゲームにファンがいると考え、さらにコアなゲームファンが多いことから、自身の場合はコンシューマゲームを作らないと、誰も見向きもしないのではないかと語る。また、ゲームのシナリオは書けるもののアニメのシナリオはどういった形で書けばいいかがわからず、自信があるとはいえないと率直な心境を語った。
イシイ氏自身もスマートフォン向けゲームの制作に取り組んだ経験から「仕組みを重要視する 人もいたが、話をすればするほどIPの重要性を感じた」という。
イシイ氏は、これまでのスマートフォン向けゲームはストーリーがあってないようなものであり、むしろキャラクターを消費していく構造であるため、IPを置く場所がないという。IPを構築していくならばアニメなどの外に置いてストーリーの仕組みを構築し、それに最適化した形でスマートフォンのゲームに落とし込む必要があるため、ゼロベースから作り上げなければうまくいかないという。これはアニメ版モンスターストライクの打診があったときにも、すでに既存のゲームとして展開していることから「うまくいく気がしない」と率直な意見を言ったという。しかしながら、双方でいいアイデアが生まれたことから引き受けることにしたと振り返った。
ちなみにイシイ氏が考えていたことを実践したタイトルとして、TYPE-MOONが制作したFateシリーズのスマホRPG「Fate/Grand Order」を挙げた。Fateシリーズはもともとキャラクターが消費財として存在しているため、ソーシャルゲームの仕組みに適応しやすいIPになっていたという。
ちなみに五十嵐氏の考えるストーリーは、ゲームの理不尽さを納得させるためのものと考え、それで感動できたらなおよしだとしている。たとえばときめきメモリアルの場合、女の子から告白されることをゲームの最終目的としているが、冷静に考えればどうして自分から告白しないのかと不思議に思うところ。それを解消するために、女の子から告白されたカップルは永遠に幸せになれるという「伝説の樹」の設定を用いた世界観を作り上げたと振り返った。
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