医療や福祉分野から期待を集める介護ロボットの開発をテーマにした「介護リハビリロボットセミナー」が、神戸ポートアイランドを拠点とする神戸医療産業都市の主催で開催された。神戸では、研究機関、病院、企業の3つが医療分野でのイノベーション創出を目指した日本最大級の医療産業クラスターが形成されている。すでに300近い企業が参加し、スパコンを使った創薬開発や国内企業による手術支援ロボットの開発などといった先進的な取り組みを進めている。
今回のセミナーは、ヘルスケアと介護・リハビリを目的とした介護リハビリロボットの開発を行う関係者を対象に、機器開発の現状や現場からの声といった情報共有と人材交流を目的に開催されたが、100名の定員に150名もの参加応募があり、市場に対する関心と期待の高さを伺わせた。
開発環境としては、市内の大学や福祉のまちづくり研究所、WHO神戸センターなどの研究機関があり、県立リハビリテーション中央病院内に設立された「ロボットリハビリテーションセンター」では、20を越える大学や医療機関、企業が、互いの垣根を越えてダイレクトに現場を連携するというダイナミックな医工連携による開発環境が構築されている。機器開発では、村田製作所やソニー、シャープといった大手企業らも参加しており、機器の拡販やシステム開発、運用面でも様々な企業が連携している。
他にも、神戸大学のロボット工学をはじめ、福祉機器の品質調査などを行う日本福祉用具評価センター(JASPEC)、体を持ち上げない介護の提案で介護現場の環境の改善活動を進める日本ノーリフト協会といった、専門家による産業化支援サポートチームも構成されており、本セミナーでも講師として具体的なアドバイスを行っている。
また、具体的な動きとして兵庫県健康福祉部障害福祉局では、テクニカルエイドと総称される、障がいを持つ人たちが自律した生活のために介護者の負担を減らすことを目的とした機器を評価する「ひょうごテクニカルエイド発信プロジェクト」を実施しており、その中に介護リハビリロボットなどの評価を含めるとしている。ロボットリハビリテーションセンターがある兵庫県立総合リハビリテーションセンター内の福祉用具展示ホールをリニューアルし、センターの知見を積極的に活かし介護リハビリロボットなどの機器開発を支援していくとしている。
機器の使い勝手を何を基準に考えるかも大事で、JASPECの西山輝之部長は、「介護者本人と介助者の両方から考える必要がある」としている。説明書があっても、利用者が認知症の場合、理解できなかったり、忘れたりするし、介助者も新しい機器の使い方を学ぶ機会がなく、つい自己流で使ってしまうことでインシデントが生じていると指摘する。例えば、電動バギーはグリップを握っている間だけ動いて、手を離すと止まる方が安全なように見えるが、実際は自転車やバイクの感覚が身に付いているせいか、とっさにハンドルを握ってしまうためかえって事故につながりやすい。どんなに機能と安全性を高めても費用対効果が感じられない道具は使われなくなることがわかっており、使う場所やタイミングまで踏み込んで開発しなければならないとコメントしている。
ロボットリハビリテーションセンターの陳隆明センター長も「開発に最も必要なのは現場の真のニーズを発掘すること」であり、開発者はヒアリングやリサーチをもっと充実させる必要があると分析する。また、医療機器の開発には「ビジネスが成立しない」「企業が見つけられない」「経費がない」「販路がない」という4つの大きな難関があり、1社だけですべてはクリアできないので、神戸医療産業都市の取り組みやセンターの機能を最大限に利用してほしいとしている。実用化促進と支援については、新産業創造研究機構(NIRO)が、ロボットを含む7つの事業に対し、厚生労働省の「戦略産業雇用創造プロジェクト」を利用した人材面で支援するとしており、近く公募内容を発表する予定だ。
ロボット工学の専門家である神戸大学の羅志偉教授は、現在の介護リハビリロボットは、定義、認定基準、副作用が考察されていないことから、研究開発を体系化する必要があると提案する。ロボット工学には工学と生物学を取り入れ、数学や古典力学の視点もあわせてロボティクスとして体系づけ、その上で、使用目的を「寝たきりによる合併症の予防」というように明確にするところから開発に取り組む必要があるのではないかとしている。
具体的な機能としては、介護を支援する作業は大まかに6つに分類できるが、睡眠、食事、入浴の三大介護でもロボットに求められる機能はそれれぞれ異なるため、それらを考えながら人海戦術で支えられている現場をどうシステム化していくかという発想が求められるとしている。また、ロボットを使ってラクになりすぎると老化が加速してしまうため、自分から動きたくなるような促す機能も必要で、それらは予知や予防にもつながり、介護リハビリロボットが身体の障がい以外で社会にどう役立つかのブランディングもしてくべきではないかと提案された。
つい技術優先に陥りがちな開発現場の発想を変える必要性は、介護の現場からも指摘されている。ノーリフト協会の保田淳子理事代表は、日本の開発企業は高い技術力を持っているので、現場がこういう機能が欲しいと提案するとすぐに作ってくれるが、それらをまとめて1つの風呂場を作るとなるとちぐはぐになり、結果的に現場では使えないケースがしばしばあるという。それに対しノーリフトの先進国であるオーストラリアでは、目的ありきでそこから機能や製品開発を行うため、必ずしも高機能ではないものの、現場が満足する環境が創造されていると紹介している。そのオーストラリアでは、病院で使っている道具が便利だから在宅でも使いたいというニーズが機器の開発を促進しているが、日本は保険のおかげで在宅機器の方が充実しており、細やかなニーズに応えるため商品バリエーションが増え、それが日本の医療福祉関連機器の開発を難しくしているのではないかとも分析している。
さらに大きな課題になりそうなのが、「ロボットの導入で仕事が楽になるより、今までの働き方を変えたくない」という意識が現場には強くあるという事実だ。ロボットに仕事を奪われるのではないかという不信感もあり、福祉施設で働くスタッフからの発表の中では「ロボットに任せるのは力仕事や単純作業で、話し相手や見守りなどは人間に任せて欲しい」という声もあった。保田氏は日本の現場にロボットを導入するには、これまで習慣化している作業を変えるための教育やマネジメントも平行し、介助者のケアもあわせて行うことも考えて欲しいと参加者に訴えている。
本セミナーであげられた、介護リハビリロボット開発を取り巻く課題は、日本の製造業全体が抱える課題と似ており、高機能で精密な日本の製品が、シンプルな北欧の福祉機器よりも売れないのは、現場ありきの発想ができてないがゆえであるのがわかる。それに対して神戸医療産業都市では次の一手を打とうとしており、その成功が日本の製造産業全体を変えるきっかけにつながるかもしれない。
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