青と緑の所属に分かれてポータル(拠点)を奪い合う、位置情報ゲーム「Ingress(イングレス)」。Googleの社内ベンチャーから生まれたスマートフォンゲームは、日本でもプレイヤー数がまもなく米国にも追いつこうというほど人気が高まっている。実際の場所を歩いてプレイすることから「陣取りゲーム」に加えてオリエンテーリングの要素があり、岩手県をはじめ、陸前高田市や横須賀市などで、Ingressを観光集客や町おこしに活用する動きが活発化している。
1月26日には中野区の主催で、『 スマートフォンゲーム「Ingress」を活用した観光・地域活性化を考えるセミナー』が開催されたが、講師役を務めたアクペリエンスの杉本真之氏とイングレスイベント公式カメラマンの白川リュウジ氏(データディスク取締役社長)は、Ingressを活用する意義は「単純に外から観光客を集める一過性の町おこしイベントではなく、地域に継続できる要素を盛り込んでいくこと」だと語る。Ingressが地域にもたらすメリットとは、具体的にどのようなものが考えられるのか、杉本氏と白川氏の両氏に話を聞いた。
そもそも中野区がIngressに着目した理由は、2013年4月から中野駅北口暫定広場を会場とした賑わい創出事業を展開する杉本氏が、Ingressを活用してみてはどうかと提案したのがきっかけだった。杉本氏は、新宿歌舞伎町の野外広場から生まれた超都市型野外音楽イベント「Re:animation」のオーガナイザーという肩書きを持っており、2014年11月には第7回目のイベントを中野駅前で大成功させた実績が評価され、その後も中野区から地域活性化に関する相談を受けるようになったという。
中野区では中野ブロードウェイ、中野サンモール商店街だけで週末は5万人が訪れることから、駅周辺に一時的に集客するだけのイベントだけでは実施する効果が薄い。Re:animationは、コミュニティや参加者の質の高さから受け入れられたが、「次に成功できるアイデアを」となると、なかなか見つからない。そこで、外から人を呼び込むより、むしろ地元の人たちが地域を再発見する機会になるIngressなら、と提案したのである。
「中野区は、六本木や秋葉原に続く、Ingressの激戦区である西新宿に近く、イベントで十分楽しめるぐらいのポータルやファームがすでに揃っています。さらに、再開発が先行している中野駅北口だけでなく、南口側や他の駅周辺にもポータルが多いので、うまくポータルをつなげれば回遊性も生まれると考えました。幸いにも地域のキーマンとなる人たちを説得できる程度には知名度が上がっていましたから、どうせやるなら23区で最初に動く役所になるべきだと説得しました(笑)」(杉本氏)
確かに、一番難しいのはIngressというゲームを説明し、理解してもらうことだろう。アプリの基本操作は説明できるが、陣地を増やしたり、レベルをアップしたりする以外のゲーム本来の楽しさは、ある程度プレイし続けなければわからない。そのため、「すべてを説明するのは最初から諦めて、ゲームの面白さを知っている人を巻き込んでいくしかない」というのが白川氏の意見だ。中野区役所で地域振興を担当する部署にもIngressのプレイヤー(エージェント)がいて、その上司も勧められてプレイするうちにとうとうハマってしまい、短期間のうちにレベルを大きく上げたところから企画に勢いが付いたそうだ。
白川氏自身もIngressにハマったのは、2014年5月にGoogleが石巻市内で開催したIngressを利用した復興支援ツアーに参加したことがきっかけだった。「ゲームの存在は知っていたけれど、そもそもゲームが嫌いなのであまり関心が無かった。ツアーもスタッフとして参加したんですが、仙台から現地に移動するバスに青と緑のチームで分かれて乗り込むところからもうゲームが始まっていて、車内でずっとレクチャーをしてくれて、Ingressはレベルの高い人ほどやさしくて、攻略法もどんどん教えてくれる。現地でもアプリを操作している間だけは、無口になるけれど、それ以外はワイワイ楽しくプレイしていて、雰囲気もとても良かったですね」
Ingressは現時点ではメニューが英語なので、最初の認証操作でも引っかかる人もいるだろう。多くのユーザーが集まるイベントでは、アプリのダウンロードから丁寧に教えてもらえるので、初めて参加しても楽しめるし、レベルも一気に上げられる。白川氏もツアー中でレベル4になれたことが、それ以降もハマる理由になったという。そうしてプレイを続けていたことがその後、Re:animationを取材する雑誌の仕事を通じて出会った杉本氏と共に、中野区へIngressでの地域活性化を提案することにつながる。
1月26日のセミナーのあと、2月4日には有志参加による薬師あいロード商店街でのIngressトライアルも実施された。所要時間は約2時間。これも巻き込み作戦の1つである。
町おこしや地域活性化にIngressを活用するメリットはいくつかあるが、目的地が用意されたこれまでの「スタンプラリー」や、アニメの舞台を巡る「聖地巡礼」と異なり、ポータルを探してどんどん寄り道をさせる仕組みになっている点がそのひとつとして挙げられる。あらかじめ、用意された目的地を回るMISSIONS(ミッション)メニューもあるが、そこではいわゆる「名所」ではない場所を織り込めるる。
一方で、ゲームの要になるポータルの数がそこそこあり、訪れる場所に物語性や魅力がなければならないという難しさもある。商店街の客引きのためだけにポータルを立てようとしても、エージェントたちの興味を引くとはかぎらないし、そもそもポータルとして承認されるかわからない。陸前高田市ではポータルを増やすためのイベントを開催しているが、Googleの理解と協力があったからこそできた、やや特殊な例といえよう。
「ポータルもそうですが、ミッションにもただポイントを増やす以外の物語性がなければ参加してもらえません。中野区の場合は30カ所以上ポータルがある哲学堂公園など、知られざる名所を紹介するのに活用できますし、逆にポータルを紹介して回るミニツアーをするといったアイデアも考えられます。また、Ingressのルールや世界観はよくできていると思いますが、あまりゲームの機能に依存すると、ルールが変わったり、突然サービスが終了されてしまったりした時に困るので、ゲームはゲームとして楽しみつつ、地域に何かを残せるような形での企画を考えるのが大事だと思っています」(杉本氏)
例えば、Ingressは8名同時にポータル攻略するのが有利なことから、チームでプレイするエージェントも多い。そこで地域のお店紹介に、「たまり場にできるお店」という項目を追加しようというアイデアがある。「たまり場があることでコミュニティが活性化し、一部のコアなお店は集った人たちの間でIngressのアイテムを交換できる(ロールプレイングゲームに登場するような)“リアル武器屋”にしてしまおうというアイデアもあります。実は、青・緑チームのロゴやマークをあしらったアイテムやバッジを作るという動きは以前からあって、2014年12月13日に東京で開催された世界同時開催の公式イベント「Darsana」の会場では、そうしたグッズを売買するコーナーも設けられていて盛況でした。他にも、チームからビジネスにつながるような何かが生まれた時に、それを地域でサポートできる仕組みを用意するというのもアリかもしれませんね」(白川氏)
杉本氏は、Ingressには地域活性化のための大きな可能性があり、それを理解してもらうには何よりもまず、成功事例を作るしかないとしている。「成功にはまず、イベントとしての楽しさは必須で、『どこそこをファーム化しよう!』というような地元の方も1人のプレイヤーとして、ゲームのルールの中で参加できる仕掛けを用意する必要があると思います。そして、地域とプラスアルファの参加者を巻き込んで、一緒にそこで物語を作り上げるのが重要で、ゲームを楽しみながら人と人とが繋がることで地域に対する思いが継続し、活性化につながると考えています」
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」