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電子書籍ビジネスの真相

「出版不況」は本当か?--書籍まわりのニュースは嘘が多すぎる - (page 6)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2014年09月02日 08時00分
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「昔はよかった」と言う前に

 時代の変革期に、「昔は良かった」と思い出に浸り、現状に対する文句ばかりを言い続けるのは簡単です。しかし、そういう繰り言が未来を作り出すことはありません。本人は気持ちよいかもしれませんが、状況は何も変わらないのです。

 こうした発言が現場から発せられると、前線の士気が下がりますし、黄金期の旨味を十二分に味わったであろう年長世代の口から発せられると、「たっぷり退職金(年金)をもらっておいて高みの見物か」と要らぬ軋轢を生んだりします。

 そういう意味で、下記のような評論を目にするたびに、「この方は、元いらした会社から批判されたりしないのだろうか、大丈夫だろうか?」と心配になってしまいます。

 この方は、「出版大崩壊」(文春新書)、「新聞・出版絶望未来」(東洋経済新報社)などで、出版界について一貫して悲観的な見方をしていらっしゃる。そのこと自体は事実に基づいていれば構わないのですが、問題はその「事実」です。気になるところだけピックアウトしてみますと、

 “まず、出版科学研究所発表の5月の出版物推定販売金額が、やはりひどい。その額は1125億円(前年同月比5.0%減)で、内訳は書籍が6.0%減、雑誌が4.2%減。これは、出版市場が予想通り毎月縮小しているのを端的に示している。”

 「(出版市場が)毎月縮小しているのを端的に示している」と言いながら、比べているのは、今年5月と昨年5月の1カ月だけなのはなぜなんでしょう? 「毎月縮小」を示すなら、普通は4月と5月などを比べるべきではないでしょうか。

 そもそも、この4月~6月は消費税引き上げ前の駆け込み需要の反動減により、GDP自体が年率換算で6.8%縮小しています。5月だけで市場のトレンドを語るのは適切でないのでは。

 “インプレスの予想では、電子出版市場は、2018年度には2790億円程度になるという。それでは、2018年度の出版市場全体はどうなるだろうか? これまで出版市場は毎年500~1000億円減少してきたので、最小の500億円として今後5年間で2500億円減少するとすれば、約1兆4300億円となる。そこで、このときの電子出版の割合を出すと、約19.5%(約2割)。”

 まず、「インプレスの予想」では、2018年の電子出版市場は、「3340億円」となっていますね。「2790億円」というのは「電子書籍」だけの数字です。

 出版科学研究所の統計(「出版指標 年報」)には雑誌が含まれていますから、「電子書籍」だけ取り出すのは不自然でしょう。それを前提に電子出版の割合を算出すると23.3%になります。

 “この約2割という比率は、じつはアメリカではすでに達成されている。「BookStats」という出版市場のレポートによれば、2013年度は電子書籍バブルの崩壊が懸念されたが、市場は2割規模を維持し、まだまだ伸びているという。”

 BookStatsというのはその名の通り「書籍」の統計で、雑誌は含まれていません。「2割」は「一般書」カテゴリー内の割合で、全体から見ると約1割といったところと考えられます(ソースは前述)。そもそも、出版科学研究所の統計は雑誌込みですから、2つを対照するのはムリがありますね。

 “電子出版の進展で販売の新しいチャンネルを獲得したとしても、たとえばそれが全売上の5割を超えれば、出版社経営はアマゾンに依存することになり、独自性を失ってしまう。”

 このあたりは見解の相違とも考えられますが、出版流通はトーハンと日販という、ルーツは一つの国策会社だった2社が7割のシェアを握ると言われる極端な寡占市場です。それはそれで問題ではありますが、それによって出版社経営が「独自性を失う」ことにはなってなさそうです。アマゾンの場合、これとどう違うのかは、きちんとした検討が必要でしょう。

 ことほどさように、基本的な事実認識があやふやなのです。これは、この筆者に限ったことではありません。冒頭にお話したように、「(電子)出版をめぐるニュースや情報には、ウソが多い」のです。


 なぜそうなるのか、そのことを深堀りすると長くなりますが、簡単にまとめると、

  • ソーシャルメディアの発達で、出版を含む「マスコミ(オールドメディア)批判」はPVを稼ぐには格好のコンテンツになった。
  • 電子書籍(出版)はまだ未熟な産業なので、専門家が少ない(間違った情報を流しても批判されない)。
  • いきおい、PV稼ぎのために基本的な事実確認さえしてない論評が横行する。

 という事情ではないかと推察します。


 しかし、(電子)出版のさらなる発展のためには、この現状をなんとか変えなくてはなりません。出版物は、単なる商品ではなく、一国の文化の基層を形作る存在です。その未来が今後どういうものになるかは筆者にもわかりませんが、間違った情報や認識を元に決められてしまうことだけは、避けなければならないと思います。

 この連載では次回以降も、こうした問題意識をもって、各種の報道やニュースをウォッチしていきたいと思います。

林 智彦(はやし ともひこ)

朝日新聞社デジタル本部

1968年生まれ。1993年、朝日新聞社入社。 「週刊朝日」「論座」「朝日新書」編集部、書籍編集部などで記者・編集者として活動。この間、日本の出版社では初のウェブサイトの立ち上げやCD-ROMの製作などを経験する。

2009年からデジタル部門へ。2010年7月~2012年6月、電子書籍配信事業会社・ブックリスタ取締役。

現在は、ストリーミング型電子書籍「WEB新書」と、マイクロコンテンツ「朝日新聞デジタルSELECT」の編成・企画に携わる一方、日本電子出版協会(JEPA)、電子出版制作・流通協議会(AEBS)などで講演活動を行う。

英国立リーズ大学大学院修士課程修了(国際研究修士)、早稲田大学政治経済学部卒。

近著に「出版大復活」(仮題、朝日新書より2014年12月刊行予定)、監訳書に「文化の商人」(仮題、三和書籍より刊行予定)などがある。業界誌「出版ニュース」で「Digital Publishing」を隔月連載中。

Ruby技術者認定試験(Silver)合格。

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