PS Vita「俺の屍を越えてゆけ2」桝田省治氏に聞く“ゲームの面白さと制作の難しさ” - (page 3)

佐藤和也 (編集部)2014年07月18日 16時37分

続編を求めるユーザーは“変わってほしくない”が圧倒的に多い

--続編制作にあたっては、新しいものを求めるユーザーと変わってほしくないというユーザーの両方がいると思います。そのバランスは難しいと思いますが、いかがでしょうか。

 両方いることはいるんだろうけど、どちらが多いかですよ。それでいくと、変わってほしくないというユーザーのほうが圧倒的に多い。本当に新しいものを求めているユーザーは、そもそも続編を求めません。

 どの部分を支持しているかを、システムまわりを面白いと思っている人と、シナリオなりキャラクターなりの世界観を好きになっている人と、ものすごく大きなくくりに分けたとします。前者のユーザーは極論すると、シナリオが変わればシステムは同じでもかまわないんです。そこで新しい職業や術、迷宮の新しいギミック、武器や防具などに一工夫して新要素を入れてあげると、さらに喜ばれるでしょう。

 後者のユーザーについても、たとえば新しい敵が登場しつつ、これまでの人気キャラクターが新しい試練に立ち向かったり、新しく仲間になるキャラクターがひとりふたり増えるというのが、求められているものに対する新要素として安定したパターンになると思います。

 今回明らかに新しいと言えるのは、ネットワークにつないで遊ぶところ。でもそれ以外の部分について、たとえばグラフィックやシナリオとか、“皮(ガワ)”は変わっているけれども、中身というか遊びの部分は変わっていません。例えば、シナリオは確かに変えてはいますが、SFや恋愛系を求められているわけではありません。人気のあるキャラクターは、また登場することを望んでいるユーザーも多いしょう。その兼ね合いから、前作から世界観はある程度踏襲し、シナリオは新しく、何人かの新キャラクターを追加するようにしました。このあたりは続編で押さえておくべきところかなと。

--もしネットワークにつなげずにプレイした場合、どれぐらい要素に違いが出てきますか。

 ネットワークにつながないほうは、出てくる要素が重ならない分だけ無駄が少ないですし、余計なことが起きない。ゲームを進行していくうえでの大きな事故は起きないだろうし、無駄が少ないからテンポ良く進めるでしょう。それが気持ちよく遊べるといえばそうかもしれない。ある意味、僕やアルファ・システムの大きな手のひらの上で管理されたゲームです。

 ただネットワークにつないだ瞬間に、当たり外れもあるけれど大当たりがある世界になる。あとはゲーム進行だけを考えると無駄なことですが、そこが楽しいという感覚を味わえます。それは本物の人間と遊ぶことの面白さです。他の人の街を見てまわるだけでも楽しいですよ。

  • プレイヤーごとにさまざまな発展を遂げている他国に遠征することができる。その国の施設を利用できたり、出現している迷宮に入ることもできる

  • 呪われた一族同士の魂を交わせ、新たな生命を誕生させる結魂(けっこん)。ほかにも養子を迎えたり傭兵として雇うといったことも可能

  • 自国から他国に養子に行ったキャラクターが子を成した場合などに、他国から慶弔報告が届く。その際に花を贈ってお祝いしたりりと、親戚づきあいのような交流を図ることができる

--前回のインタビューで、コンピュータマージャンと人と対戦するマージャンの違いをたとえ話をされていました。人と遊んでいるほうが面白いと。

 僕がマージャンゲームを作るとしたら、その人のマージャンの腕前にあわせて、最後に逆転できるような配牌になるようなものにするでしょう。そのほうが気持ちいいからね。でも人間というのはいろんな人がいてうまい人もいれば、確率を無視して上がり役に固執したりセオリーを無視するような人も、無駄話をする人もいる。だから負けても面白い。そういうことです。

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