3月25、26日に東京・港区で開催された、ウェアラブルテクノロジを考えるイベント「Wearable Tech Expo in Tokyo 2014」で、アスリートソサエティ代表理事で、陸上競技者の為末大氏、ソニーコンピュータサイエンス研究所 アソシエイトリサーチャーの遠藤謙氏による、パネルセッション「ウェアラブルはスポーツを変えるか」が行われた。ウェアラブルがスポーツにもたらすもの、アスリートとアマチュアとの垣根に起こりうる現象、また障害者スポーツ、パラリンピアンへの影響などを多角的に論じた。作家の湯川鶴章氏がモデレーターを務めた。
為末氏は、男子400mハードルの日本記録保持者であり、世界選手権の銅メダリスト。2001年エドモントン世界選手権で、銅メダルを獲得。スプリント種目で日本人初のメダリストとなった。また、2005年ヘルシンキ世界選手権でも銅メダルを獲得。五輪はシドニー、アテネ、北京の3大会に出場している。2010年にはアスリートの社会的自立を支援する一般社団法人アスリートソサエティを設立した。
遠藤氏は、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボバイオメカニクスグループで、人間の身体能力の解析や下腿義足の開発に従事。MIT D-Labで講師に就任し、途上国向けの義肢装具に関する講義を担当した。2012年にはMITが出版する科学雑誌「Technology Review」が選ぶ35才以下のイノベータ35人(TR35)にも選出されている。
ロボット技術を用いた身体能力の拡張に関する研究に携わるほか、途上国向けの義肢装具の開発、普及を目的としたD-Legの代表、途上国向けものづくりビジネスのワークショップやコンテストを主催するSee-Dの代表も務める。
「人間に障害はない。技術の方に障害がある」とは、遠藤氏の恩師の言葉だ。この言葉に大きく触発され、遠藤氏はロボット義足の開発に取り組んでいる。2005年にMITに留学したが、それから10年近くが過ぎても、義足は十分に進化しているとはいえない。しかし2012年のロンドンパラリンピックで、両脚が義足の陸上競技選手が初めて出場した。
「ズバリ、僕はサイボーグになりたいと思って研究している。これは、技術が身体能力を向上させている1つの事例であり、技術力の持つ可能性にわくわくしている。ウェアラブルの視点からみると、重要なのは小型、軽量化。身体センサなどもそうなるとさらに良い。身体能力の向上化は、身体の状況を熟知していないとうまくいかないが、それらの情報が得られる手段は依然として少ない。今後、突き抜けて利便性が高いウェアラブル機器が登場し、それが義足にも応用できれば、健常者も使うことがある。2016年には障害のある方々がロボット技術などを含め補助器具を用い競技する『CYBATHLON 2016』が開催される。障害者に対する社会の視線が変わってきている」と、遠藤氏は語り、技術革新が身体能力を大きく進化させる可能性を指摘した。
遠藤氏は「ロボット義足は、モータパワーエレクトロニクス系だと小型化が依然として困難だ」と現状を話す。「ただ、モータをつけると重くなるが歩行に特化しているため歩きやすくできる。移動に着目すればタイヤの方が効率は良いが、人が歩くことが重要だ。健康を保つために歩行は極めて重要になる。ロボット義足は移動効率ではなく、人の歩行に近づけることが要点だ」と述べ、障害者が健常者とほぼ同様の感覚で歩くことができることの実現を目指している。
湯川氏は遠藤氏を「一般的に健常者は障害者をかわいそうという視線で見ている。しかし遠藤氏は決してそういう目で見ていない。発想が異なっている。健常者もこのような視線を変えるべきなのでは」と評した。
為末氏は、スポーツとウェアラブルデバイスのかかわりについて「競技選手は靴にデバイスを装着して、足が地面に触れた時のインパクトを計測したり、心拍数を測ったりしている。選手はそれらの情報を数値化できなければマネージはできない、とよくいわれる。あらゆることが数値化でき、初めてコントロールができる。心拍数は測れるからコントロールできる」と語り、ウェアラブル機器がスポーツにも大きく貢献していることを強調する。
ウェアラブルコンピュータは、スポーツにもさまざまな影響を与えそうだが、ロボット技術では課題が多い。為末氏は「普通に歩くとはどういうことなのか。人は歩くときほかのことを考えている。運動は意識的ではない領域で制御されている。ここで上達するのはなかなか難しい。無意識的な動きが基本であるものを、意識的に動かさなければならないからだ。ハードル競技を子供に指導する際には、ハードルの上に“ふすま”があると思ってそれを蹴破れ、と教えると、うまくいく」と話す。人間の意識の働きをコンピュータが再現するには、それこそとてつもなく高いハードルがある。
一方、遠藤氏は「ウェアラブルで盛り上がってきているのはいいが、それをどのように生活に根付かせるかを考えなければならない。義足を必要とする人々のおよそ半数は、途上国に住んでいる。しかも農村に多い。必要な技術があっても手が届かない人々は大勢いる。そこでインドを訪れ、現地でも生産できるような義足にも携わっている。動くことに喜びを感じられるような技術を研究していきたい」と話し、途上国の厳しい状況にも言及した。
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