ソフトバンクはT-Mobile USを買えるのか--米国市場の動向から読み解く

 2013年7月、米国3位の携帯キャリアであるSprintを買収したソフトバンク。さらに現在、同社はSprintとの合併を目的とし、業界4位となるT-Mobile USの買収を検討していると米国メディア各社は報じている。Sprintの会長である孫正義氏が3月11日にワシントンD.C.で講演し、LTEへの設備投資が遅れていることや、高額な通信料金などに触れながら「米国の通信インフラは時代遅れだ」と熱弁したことは記憶に新しい。

  • ワシントンD.C.で講演した孫正義氏

 こうしたソフトバンクの動きもあり、米国の通信市場に興味を持つようになった人もいるだろう。そこで、簡単ではあるが米国の携帯キャリア各社の契約数や業績、料金戦略などを整理する。なお、ここではNTTグループのシンクタンクである情報通信総合研究所が開催した勉強会で使用された資料も併せて紹介する。

再編が進んだ米国の携帯市場

 まず、米国の携帯キャリアについておさらいしておこう。米国ではVerizon、AT&T、Sprint、T-Mobile USの大手4社が顧客の獲得にしのぎを削っている。また2013年は特に米国の携帯キャリアの再編が進んだ年で、2012年の第2四半期(6月末)からわずか1年半で上位8社が現在の4社まで集約された。具体的には、AT&TがReap Wirelessを買収。ソフトバンクの子会社となったSprintがClearwireを買収し、U.S. Cellularの一部事業を取得。さらに、T-MobileがMetro PCSと統合してT-Mobile USとなった。

  • 2013年に米国の携帯キャリアが次々と統合

 なぜ、これほど短期間に買収や統合が相次いだのか。その理由は大きく2つあるとされている。1つは、携帯電話市場の成熟だ。連邦通信委員会(FCC)によれば、2011年時点で米国における携帯電話(タブレットやデータカードを含む)の人口普及率は106%にのぼっている。つまり携帯電話が行き渡ったため、これからはその他のデバイスや機器がネットにつながる、いわゆる“モノのインターネット(Internet of Things : IoT)”の市場が主戦場となるということだ。

 日本を含む多くの国では、周波数免許を持ち自社で設備投資をしたりサービスを提供したりする通信事業者は3~5社程度だが、米国では州ごとに周波数免許が割り当てられていることから、一部の地域だけでサービスを提供しているローカルキャリアが数多く存在する。そのため、たとえば通信モジュールを搭載したクルマが州をまたぐような長距離移動をした際などに、ローカルキャリアでは全国エリアをカバーする大手キャリアに対抗するのが難しくなる。

 もう一つの理由が、高速データ通信需要への対応だ。3Gの時代は携帯電話市場が成長している段階だったため、一時的に設備投資のコストが掛かってもいずれそれらを回収できる可能性があった。しかし、携帯電話ユーザーが飽和状態のいま、LTEの設備投資をしてもローカルキャリアがリターンを得られるかは未知数でリスクが高い。一方で、大手キャリアは中堅クラスのキャリアの周波数を確保したい。こうした双方の利害の一致によって、買収や統合が進んだとされている。

T-Mobile USが躍進した3つの要因

 現在の大手4社に話を戻そう。2013年度の携帯電話の契約数は、9675万契約(営業利益1287億ドル)のVerizonと、7263万契約(営業利益1206億ドル)のAT&Tが“2強”となっており、3083万契約(営業利益355億ドル)のSprintや2229万契約(営業利益244億ドル)のT-Mobile USが顧客数や業績ですぐに上位2社に追いつくのは難しい状況だ。しかし、この中で2013年に大きく躍進したキャリアがある。業界4位のT-Mobile USだ。同社は2011年、2012年と携帯電話契約数が減少していたが、2013年にはこれが増加に転じている。

 T-Mobile USが好調な理由は3つあると言われている。1つ目は4社の中で唯一取り扱っていたなかったiPhoneの販売を2013年4月に開始したこと。そして、2つ目が新たな料金戦略を打ち出したことだ。2年契約による端末補助金を廃止した「アンキャリア戦略」を2013年3月に発表。さらに同年7月には毎月10ドルを追加で支払えば半年で新機種に変更できる早期買い替えプラン「JUMP!」を開始した。こうした戦略が注目を集め純増数が増加。他の3社もこれに追随する形で早期買い替えプランを発表することとなった。

  • 主要通信事業者の2013年度の経営指標

  • 各社が打ち出した料金施策

  • T-Mobile USはTVCMで通信速度やカバーエリアの優位性をアピール

 3つ目が、2011年にAT&Tとの合弁が破談したことだ。AT&Tは同年3月にT-Mobileの買収計画を発表。しかし、米国の第2位と第4位の企業が合併すれば、業界内の競争が阻害されると恐れがあるとして、米司法省(DOJ)やFCCが反対の意向を示し、AT&Tは買収を断念した。これに伴いAT&Tは、T-Mobileの親会社であるドイツテレコムに30億ドルの違約金を支払い、さらに9億6000万ドル相当の周波数帯を譲渡した。この結果、皮肉にもT-MobileのLTE展開は加速し、TVCMなどの広告宣伝によって露出も増えた。これら複数の要因によって、同社が急成長しているというわけだ。

ソフトバンクはT-Mobile USを買収できるのか

 そうなると気になるのは、ソフトバンクが勢いづくT-Mobile USを買収できるのかということだ。AT&TがT-Mobileの買収を断念したのは、DOJやFCCが業界のディオポリー(上位2社による寡占状況)を懸念して難色を示したことによるもの。しかし、仮にソフトバンクがT-Mobile USを買収しSprintと統合すれば、3番手勢力の活性化につながるため、独占禁止法にはあたらないという見方もできる。事実、日本もソフトバンクの参入によって、NTTドコモ、KDDIの3社による競争が加速した。

  • 孫氏が「業績回復中」と説明したSprintの業績は「今一つ」と清水氏

 情報通信総合研究所 グローバル研究グループ 主任研究員の清水憲人氏は、あくまでも個人的な見解と前置きした上で、今後もT-Mobile USがマーケティング施策や料金戦略によって好調を維持し、各社の競争が続いた場合、「(DOJなどから)わざわざSprintと合併する必要はないと判断されてしまう可能性は高い」と語る。逆にT-Mobile USが失速し、Sprintの業績の立て直しも難しい状況となれば、統合が認められる可能性もあるとの見解を示した。

 また買収の時期だが、米国では2015年に600MHz帯の周波数オークションが開催される予定で、同周波数帯を獲得できるか否かが今後の戦況を大きく左右する。そのため、ソフトバンクとしてはそれまでにT-Mobile USを傘下に収めておきたいのではないかと清水氏は見ている。しかし、DOJやFCCは今回の買収計画には消極的という報道もある。いかにしてこの状況を打開するのか、孫氏の手腕が問われそうだ。

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