DeNA、東南アジア進出の手応え--シンガポールオフィスの森氏に聞く

 2011年9月にシンガポールに現地法人を設立して以来、東南アジアでも事業を展開してきたディー・エヌ・エー(DeNA)。それから2年あまりの域内の歩みを、DeNA Singaporeのマネージングダイレクターである森徹也氏に振り返ってもらった。


DeNA Singaporeのマネージングダイレクター 森徹也氏

アジア人スタッフを日本人と同レベルまで教育

 DeNA Singaporeの設立は、東京本社によるベトナムのネット大手企業の買収と同時に進行していた。当時、さらなる成長を目指す一方で、開発リソースの確保が課題となっていたDeNAは、自社製ゲームの新開発拠点としてベトナムのゲーム開発会社パンチ・エンターテインメント・ベトナムを買収した。ベトナム人の開発者は勤務意欲が高く、人件費も低いためコストメリットが大きかった。しかし、遠く離れた日本から約80人体制のベトナムの開発拠点をコントロールするのは容易ではなかった。

 そこで、同社はベトナムの開発拠点を管理するためのオフィスとなるDeNA Singaporeを設立。実際にシンガポールから、現地採用したアジア人のソーシャルゲームの運用能力を日本と同じレベルにまで引き上げる難題をやり遂げたのだという。ベトナムの開発者をディレクションしながらゲームのコンテンツをマーケットに合わせてチューニングし、さらにイベントを実施して売り上げを伸ばす。これをウィークリーで回していくのは、経験のある欧米人開発者であってもそう簡単にできるものではない。では、どのようにアジア人ディレクターを教育したのか。

 「新しい国で、新しいゲームを、新しいチームで、新しい市場に出す」--これはリスクが4乗になるためやりたくなかった。そこで、森氏とシンガポールでディレクターの教育を担当していた須山敏彦氏は、ソーシャルゲームの開発に求められる能力を“サイエンス”と“アート”に二分し、3段階の教育プログラムを設計した。ここでいうサイエンスな能力とは、ユーザーの行動を分析し改善につなげるための合理性であり、アートな能力とはキャラクターやグラフィック、サウンドのデザインなどの感性である。

  • オフィスエントランスの壁にはゲームキャラクターがずらり

  • DeNA Singaporeのスタッフたち。多国籍、多言語なチーム

  • オフィスビルの屋上からはたくさんのタンカーが浮かぶ海と工業地帯が望める

 苦労したのは、教育プログラムを設計することよりもそれを実行することだった。当初は須山氏と他のスタッフが目指すゴールを共有できず、週末の深夜などでもメールやSkypeの連絡が飛び交うことがあったそうだ。しかし今では、シンガポールのスタッフが日本とほぼ同じレベルでゲームを運用できるようになり、ベトナムの開発陣も完全に東京の内製チームの一部になっている。これからますますベトナムのコストメリットを享受することになるだろう。

 森氏はアジア人のビジネスパーソンの性格について、「狙うべきゴールへの共感と強いリーダーさえいれば高い適性がある」と見ている。人を組織化するノウハウや、自分を犠牲にしても走ろうとする儒教の思想が根付いているからだ。また、これからは「彼らによりチャレンジングな仕事に触れさせなくてはもったいない、もっとストレッチをさせないといけない」と語る。

欧米の人気タイトルを、アジアを拠点に日本に輸出

 日系企業の間では、“シンガポール=東南アジアへの進出拠点”と考える向きが強いが、森氏はここを“ウェスタンワールドへのゲートウェイ”とも捉えている。それはどういうことか。シンガポールは欧米のゲーム会社にとってはライトアジア。極東の日本よりも進出しやすいアジアの国なのだという。彼らの開発スタジオがいくつもあり、デベロッパーが集まるゲームコミュニティが存在する。森氏はこの状況をテコに、欧米のゲームを日本に輸入できないかと考えた。それが、エレクトロニック・アーツの「FIFAワールドクラスサッカーS」だった。

 欧米のゲーム会社にとって、日本はARPU(ユーザー1人あたりの月間売上高)が高く魅力的な市場だ。しかし、欧米と日本のゲーム会社やプラットフォームが直接取引をするだけでは埒があかないときがある。モノの解釈方法や制限条項が共有しきれず、議論がちぐはぐになったり、プライオリティや温度感が伝わりきらず、タスクなどが狭間に落ちたりする。いわゆるロスト・イン・トランスレーションが起きるのだ。こうした時にシンガポールオフィスが仲介の役割を果たす。

 欧米のゲーム会社と接することでDeNAのシンガポールオフィスが学ぶことは大きい。それは主に“アート”の部分だという。森氏はオーストラリアのゲーム会社Halfbrick Studiosのスマートフォン向けアクションゲーム「Jetpack Joyride」をプレイしながらその意味を説明する。

  • Halfbrick Studios「Jetpack Joyride」

 日本では電車の中などでゲームをすることも多いため、サウンドをオフにする人も少なくないが、同作ではちょっとしたサウンドエフェクトもゲームの世界観を表す上で非常に重要な要素となるため、サウンドも含めてゲームをプレイすることを前提に作られている。欧米の開発者と接するうちに、こうした日本では忘れがちなアートな感性が養われることもあるそうだ。

 一方で、欧米のゲーム会社がDeNAのシンガポールオフィスと接することで、得るものも大きい。それはマネタイゼーションを目的として、KPIを中心にゲームをアナリティカルに運用するノウハウだ。単なるエンタメ商品ではなく、“ゲーム・アズ・サービス”として開発を行ってきたアジア人の知見はとてもユニークなのだという。

 DeNA Singaporeでは、引き続き日本と同等のレベルでゲームを運用していく。また、将来的には欧米のゲーム会社のノウハウなども取り入れながら、シンガポールの現地スタッフによる新たなゲームを企画するという夢も抱いている。

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