コンピュータは性能進化を続け、手のひらに収まるサイズにまで小型・軽量化したデバイスも現れ、高速通信機能まで内蔵するようになった。
「さらにソーシャルメディアという新たな潮流との相互作用により、人々は、ほぼ24時間365日、パソコンと同様の機器を身につけられるようになった。ソーシャルメディアを介し、個人が発信する情報の集合が世界やマーケットを動かす時代がきた」と中林氏は語る。
これらにも増して強力な動きがある。クラウドコンピューティングは、その技術的な進展により、さながら無尽蔵ともいえる。あらゆるリソース、コンテンツをサービスという形で世界中に供給し始めている。それは、きわめて幅広いデバイスを有機的につなげている。モバイル、ソーシャルメディア、クラウドは互いに連関しながら、そこで生成されるデータは従来考えられなかったような規模で蓄積されるようになった。この「ビッグデータ」はいまや、事業活動にとって看過することなど到底できない存在となっている。
いかにして、この巨大すぎるデータの塊をビジネスに活用すればいいのだろう。「実世界でのビッグデータの活用」についての、米IBMと英Oxford大学の共同調査では、データ分析により、競争優位を確保していると答えた企業の比率は63%(2010年は37%)だったが、ビッグデータの活用となると、依然、70%が検討している段階だという。
中林氏は、ビッグデータ分析の端緒として「顧客分析をスタート地点にしては」と提言する。それは「顧客は何を考えているか、どのような洞察をもっているのかを理解し、『個』のレベルで顧客に応対すること」(同)が、利益や、競争優位の獲得につながるからだ。
そこで中林氏は、まず「個」のレベルの顧客対応の事例を紹介する一例を説明するため、"携帯電話ユーザーのビル氏"を想定した。彼の悩みは、海外に向けたビジネスの通話がいつも途中で切断されてしまうこと。このままだと他の事業者に乗り換えてしまいそうな状況だ。
ビル氏に解約されないために、携帯電話会社はどんなアクションを起こせばいいだろうか。さまざまな施策が考えられる中、重要なのは「乗り換えを引き止める確率」「その施策が収益に与えるインパクト」「ポジティブな反応の見込み」のバランスの見極めだ。
この携帯電話事業者では、すでにそれを数値化していた。「当月20ドル割引」や「謝罪とアンテナ増設を電話で伝える」は、収益へのインパクトは小さく効果は薄い。「6カ月間のデータ通信無制限プラン」は悪くないが、コスト負担が大きい。最も効率が良いのは「機種のアップグレード」であることが分かっていた。
そこでこの企業は、ビル氏だけのためのスペシャルオファーを用意し、さらにビデオチャットで直接説明し、海外とローミングがしやすい機種へのアップグレードを提示。その提案をビル氏も歓迎し、他社に移ることを見送った――といったストーリーだ。
これまで企業が取り組んできた情報分析は、顧客関係管理(CRM)、統合基幹業務システム(ERP)、サプライチェーンマネジメント(SCM)、売り上げ管理システム、在庫管理システムといった過去の構造化データを材料に、データウェアハウスを中心に過去を振り返る分析が主だった。しかし今後は、気象データ、地図情報/位置情報、医療データ、RFIDといった、これまで活用できなかったデータ、さらにはソーシャルメディアなども分析できるように技術が進化してきている。
「これらを利用し、未来を予測するような分析ができ、それに基づいた行動をする。それが1つのゴールだ」(中林氏)
IBMでは"データ分析に成功している人々が取り組んでいる共通項"を9つにまとめた。それによれば、データ分析の最初の段階では、価値の源泉とは何かを十分に考え、ビジネスゴールに沿って効果を測定できるように定義し、それを担うプラットフォームを整えること。
次の段階では、定量的なデータ分析に基づく意思決定ができる企業文化を作っていくことが重要になる。さらに、データを分析する人と、それを活用する人との間など、組織的な信頼関係を築き、データ分析に取り組む。
「拡大期には投資が必要なので、経営幹部のスポンサーシップを得る。専門知識も必要だが、経営層を納得させ、投資させないと、途中まではうまくいっても、そこから先はとん挫しかねないからだ」と、中林氏は解説した。
最後に中林氏は「データを統合してこれまでは使えなかったデータを活用し、全社的な取り組みができる枠組みをつくる。まずは検討から試行の段階に踏み出さなければ競争力が落ちていく。国内だけではなく、海外の企業との競合も見据えて行動していく必要がある」と話し、机上の検討から一歩前へ進む必要があると強調した。
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