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電子書籍ビジネスの真相

「電子書籍の父」富田倫生さんが遺したもの--日本が目指す方向性とは(後編) - (page 2)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2013年10月25日 08時00分
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日の丸電書プロジェクトが生み出したもの

 プラットフォームとしての青空文庫を支える要素として、「注記」が広く利用され、さまざまなアプリやサービスの基礎となっていることを指摘した。

 つまり「注記」が入ったテキストやそこから変換されたHTMLが、XMDFなどに変換されて、多種多様なサービスやプロダクトによって使われている、つまり最終的なフォーマットに至るまでの「中間ファイル」として機能している、ということだ。

 電子書籍の「中間ファイル」とは何か。レイアウトのための指示が書き込まれたテキストファイルで、EPUBやXMDF、ドットブックなどの最終的な配信フォーマットに変換することで電子書籍へと加工できる、保存・交換のためのファイル、電子書籍の「素」のようなファイルだ。

 電子書籍業界では長らく、このようなファイルに使えるフォーマットが望まれていた。過去の電子書籍プロジェクト用に制作した電子書籍のファイルが、そのプロジェクト用に特化したフォーマットであったため、別のプロジェクトに向けて同じ書籍を制作する場合も、一から作り直す必要があったり、利用者も一度購入した書籍が、そうした事業者の撤退の結果、読めなくなってしまった例が多発したからだ。

 最終的な「配信用フォーマット」にビルドする前の「ソースファイル」を、どのフォーマットにも自由に変換できる形式(中間フォーマット)で保管しておければ、少なくとも制作者側から見た「作り直し」のコストは低減される。このような目論見のもと始められたのが、総務省「電子書籍交換フォーマット標準化プロジェクト」だ。

 これは2010年、電子書籍の普及を目前にして、経産省、総務省、文部科学省が開催した「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」(通称「三省(デジ)懇」)において提起された課題(「交換フォーマットの共通化にむけた環境整備」)解決のために、約1億3000万円の国費を投じて実施された開発と実証実験のプロジェクトだ。日本電子書籍出版社協会(電書協)が実施主体となり、ボイジャー、シャープなどが協力した。

 2011年5月に発表された、このプロジェクトの最終報告書や仕様書は、「電子書籍交換フォーマット標準化会議」のサイトで見ることができる。

 ところが、それから2年以上の月日がたったが、この「交換フォーマット」がその後、どこかで大規模に使われているという話は、寡聞にして伝わってこない(※もし読者の中で応用例をご存知の方がいらっしゃったらご一報お願いしたい)。成果報告後、新端末や新ビューワー(リーディングシステム)が次々と出現したにもかかわらず、それらに対応したとの報告も見られず、サイトの中で予想されていたサードパーティーからのオーサリングツールのリリースもなく、国際規格化についての報告もなく、サイト自体、以後更新されていない。


 報告書によると、このプロジェクトで策定された交換用フォーマットを使って作成したファイルは、XMDFやドットブックに、9割程度の精度で変換できるという。

 システムの世界では規格も重要であるが、実装(活用)もそれに劣らぬくらい重要だ。どんなにすぐれた規格も、使われなければ、ただの資料の束である。

 典型的なのがインターネットだろう。各社バラバラだったネットワークの通信方式を統一する機運が高まった1970年代末から1980年代初頭にかけて、日本とヨーロッパがISO(国際標準化機構)を中心に共通規格を作った。それがOSIと呼ばれるものだが、仕様策定を優先し、実装を後回しにし、仕様が複雑すぎたため、アメリカを中心に実装がどんどん先行したTCP/IPという規格に追いぬかれ、OSIに準拠したネットワークは普及しなかった。TCP/IPとは、つまりインターネットだ。

 ともあれ、OSIと同様の運命をたどりつつあるかどうかはわからないが、「電子書籍交換フォーマット」が実用に供されているという予兆は見られない一方で、青空文庫の「注記」が、交換フォーマットとして多種多様な環境で活用されていることは先に見たとおりだ。いまや実際に使われているものとしては、日本の電子出版用中間(交換)フォーマットの「デファクト」といっていいだろう。

 なぜ、総務省版「交換フォーマット」は使われていないのだろうか? この点について技術的な説明をすることは可能だが、長くなりそうなので省くことにする。

 ここでは一点だけ、フォーマットを決めた「主体」について指摘しておきたい。

 この「交換フォーマット」を策定したのは業界団体である電書協であり、発注元は総務省、つまり国である。アメリカの電子書籍ビジネスが「民」主導であり、個々の事業者主体で発展してきたのに対して、日本の電子書籍は、「官」が支援する「コンソーシアム(「フォーラム」)」や「業界団体」によって主導されることが多かったが、ここでも同じ構図が繰り返された。

 過去の例の中でもっとも典型的なのが、1998年に当時の通産省の旗振りのもと設立された「電子書籍コンソーシアム」。「ブック・オン・デマンド総合実証実験」と題した配信のプロジェクトを実行し、報告書を刊行したが、その成果が何かに活かされたかどうかはよくわからない。

 2010年の「三省懇」、そしてそれを受けた「交換フォーマット標準化プロジェクト」においても、1998年と似たような構図が指摘できる。

 筆者は内部に取材したわけでもないので、以下は一般論だが、こうした「コンソーシアム」の持ちうる一般的な弱点については、概念的に理解することができる。思いつきのまま挙げてみると次のようなものがある。

  1. 「コンソーシアム」には各社・各団体のトップや幹部が集まる。そのため、現場のニーズや実態を踏まえない議論が展開されがちである。幹部が集まるため、具体的な問題解決よりも、それに取り組み成功させた、という威信が重視される
  2. 官僚がからむと、その官僚の業績づくりが目的化される。予算がつけば、予算消化が目的化する
  3. 多数のアクターが絡むため、プロジェクトの成否の責任の所在が曖昧になる。戦前の日本軍と同じで、目論見が外れても、誰かの責任が問われることはない
  4. 日本の電子書籍が外資のそれに負けない「プラットフォーム」や「エコシステム」を作る気があるのなら、何よりもオープンさを重視すべきであるということ。少なくとも仕様書くらいは公開すべきであること
  5. 業界全体が困っている課題について、解消策を公開の場で提言するなど、電子書籍という「コミュニティ」に貢献すること
  6. また大手出版社だけでなく、小規模・地方の出版社や、電子書籍専門出版社、自己出版作家など、弱い立場の組織や人が容易に参加できるようにし、支援すること
  7. 「コンソーシアム」「フォーラム」のような華々しい「祭り」ではなく、利用者の利便性向上に全勢力を傾けること

 特に重要なのは(4)だろう。民間企業であれば、何かのプロジェクトが失敗した場合、その担当者は責任を問われるし、大きなプロジェクトであれば、会社自体も売上減、株価下落等で市場から審判を受ける。

 しかし官僚主導または官民合同のプロジェクトでは、このような「審判」が下ることはまずない。勢い、形だけの「成果」、見栄えがいいだけの「資料」、総花的な提言の「羅列」に終わりやすい。

 「交換フォーマット標準化プロジェクト」が過去の「コンソーシアム」の轍を踏んでいないことを祈りたいが、何しろその後の情報がないだけに、行方が気がかりである。

 ついでに、この「交換フォーマット」策定の前提の1つが崩れつつあることも指摘しておきたい。「XMDFはオープンな国際規格、記述フォーマットは自由に利用してビジネスをしてかまわない」という趣旨の宣伝をしていたシャープが、2013年6月24日、制作ソフト「XMDFビルダー」をアップデートした際に、この「記述ファイル」の書き出し機能を削除してしまったのだ(Ver.3.4.3.0。しかも6月中に新バージョンをインストールしてライセンスファイルを更新しないとビルダーは使えなくなる、とされていた)。

 「XMDFは記述ファイルレベルではXMLの一種で、データのサステナビリティが高い(つまり、ビューワやツール、ハードウェアなどが変更されたりなくなったりしても、コンテンツの記述ファイルは容易に他のビューワー等に再利用できる)」という触れ込みで、その「記述ファイル」からの変換のために、多額の国費を投じて「交換フォーマット」を作ったはずなのに、肝心のオーサリングソフトが、記述フォーマットへのエクスポートをサポートしないというのだ。もちろん、XMDFの配信用フォーマットとあわせて、コンテンツを記述フォーマットでも保管・管理していれば問題ないが、管理コストが増えてしまう。

 「日本のハードウェアメーカーは、コンテンツを商売のタネとしか見ていない。商売にならなければ、すぐ撤退し、データも使えなくなる。これでは安心してパートナーシップを組めない」というのが、これまで実施された電子書籍プロジェクトに対して、出版社が今ひとつ本気になれなかった理由としてささやかれてきた。

 シャープの6月の決定は、この不安を、まさに裏書きする結果となった。その後同社は、記述ファイルの書き出し機能を復活させた新版を8月に発売すると発表したが、再度延期になり、この原稿執筆時点(10月3日)で、新バージョンはリリースされていない。

 10月7日、シャープはXMDF利用者向けのメールマガジンで、記述フォーマット出力機能を追加したXMDFビルダーを有料販売すると案内した。対応OSはWindowsXP/VISTA/7(32bit/64bit)で、価格は税込2万790円(税抜1万9800円)/ 1ライセンス。不思議なことに、同社の「XMDF情報スクエア」は、6月の「XMDF記述ファイルエクスポート機能削除」の報告を最後に、この件についての情報提供を取りやめている。

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