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電子書籍ビジネスの真相

「電子書籍の父」富田倫生さんが遺したもの--日本が目指す方向性とは(後編)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2013年10月25日 08時00分
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 9月25日、青空文庫の創設者(呼びかけ人)の一人で、8月に逝去された富田倫生さんを追悼するイベントが都内で開かれた。青空文庫は、著作権切れの作品等をボランティアが電子テキスト化、インターネット上で無料公開している電子図書館プロジェクトである。

 イベントの模様などについては、各種メディアが手厚く報道していたので、ここでは一歩引いた視点から、富田さんと青空文庫の足跡にからめて、日本の電子書籍の現状と目指すべき方向性を2回に渡って探る。キーワードは「オープン」「民間主導」である。前編はこちら

プラットフォームになれる条件

 AmazonやApple、Googleと比べると、日本の電子書籍事業は、「プラットフォーム」と呼ぶには、かなり不自由でクローズドな仕組みだといえるだろう。まず、契約はオンラインで完結できないし、仕様や利用条件なども、NDAなどを結ばないと開示されない。

 システム的に考えるとありえないことだが、そもそも仕様書を用意していない事業者もあれば、用意していても、更新しない、更新しても利用者に通知してこない事業者もある。

 各出版社の電子書籍の担当者は、情報の少ないまま、新端末の発売やビューワのバージョンアップがある度、すでに発売しているコンテンツの再検証を余儀なくされているのが実情だ。

 このような状態では、ノウハウやリソースの少ない小規模な、あるいは地方の出版社などが本を刊行するのは容易ではない。いや、刊行することはできても、仕様が変わったあとなどに、利用者がきちんとした形で本を読めるようにメンテナンスすることが困難だ。実際、コンテンツを提供しているのは、大多数が伝統的な出版社で、KindleやApple、Googleのように、毎日のように新規参入企業がある、という状況ではない。

 外資の電子書籍事業のあり方に、むしろ近いのが青空文庫である。青空文庫では、ソースコードにあたる「青空文庫注記」(青空文庫形式)の書き方が、公開されている。


 例えば、行の頭を下げるには、「[#3字下げ]」、ある行を版面の下につける、いわゆる「地ツキ」は、「[#地付き]」、改ページは「[#改ページ]」など、もともと見てもわかりやすいコードに、明快な実例と解説が付され、誰でも理解できるようになっている。

 公開されているのは、単なる仕様だけではない。「このように処理するとうまく行く」という、システム用語でいう「ベストプラクティス」も含む。さらに、「どうしてそういう取り決めになったのか」という話し合いの経緯も、サイト上に公開されている。もちろん、青空文庫コンテンツの利用の仕方についても詳細に説明されている。

 このように誰でも手に取れる形で、誰にでもわかりやすく仕様が公開されているため、この「注記」でコーディングされたテキスト、そこからプログラムで変換されたHTMLは、非常に広い範囲で利用されている。上に紹介したアプリやサービスで利用されていることはいうまでもないが、自己出版でデビューした作家の藤井太洋氏のように、執筆の際に使っている例もある。藤井氏は自作のプログラムで、青空文庫注記付きテキストからEPUBへ変換し、KindleやKoboなどでコンテンツを販売している。ソース(コード)と規約(仕様)、ベストプラクティスの共有によるイノベーションの促進。これはLinuxのような、オープンソース運動の理想そのものである。

 青空文庫は、テキスト版のオープンソース運動の一種と考えられる。このオープンさが、多数のベンダーや開発者を呼び込み、その周囲に、サービスとプロダクトのエコシステムが自然発生的にできている。つまり、プラットフォームである。

 外資系の電子書籍事業者も一種の「プラットフォーム」なっていることは上にも述べた。ただし、これらはビジネス志向、中央集権型のプラットフォームであるから、事業者のポリシー次第で参入が制限されたり、撤退をやむなくされたりするリスクがある。そう考えると、利用者から見て、より安心して利用できるのは、青空文庫のようなオープンなプラットフォームだろう。

 ともあれ、ここまで検討したように、青空文庫や外資の電子書籍事業と比べると、こぞって「プラットフォーム」志向を打ち出した日本の電子書籍事業は、その「プラットフォーム」としての機能や実態についていえば、こころもとないのが現状だ。

 そのことは逆に言うと、オープンな電子書籍プラットフォームとしての青空文庫が、高く評価されるべき理由にもなる。

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