IPOよりもM&Aが選ばれる米国の事情--GCA SavvianのTodd Carter氏

別井貴志 (編集部)2013年10月01日 17時00分

 起業からある程度成長した企業が、さらなる成長を求めて戦略を考えた場合の結論(イグジット)を導き出すのは難しい。IPO(株式公開)か、M&Aか、果たして…。独立型のM&Aアドバイザリーファームである米GCA Savvian Advisorsでマネージングディレクターを務めるTodd J. Carter(トッド・カーター)氏は、「米国では企業がイグジットするのにIPOよりもM&Aが活用されている」と語った。カーター氏にM&A市場の動向などについて聞いた。

 カーター氏は20年を超える投資銀行経験を持ち、多数のM&A案件やファイナンス、マーチャントバンク、アドバイザリー業務に従事。GCA Savvianへ参画前は、年間収益15億ドルの世界的な投資銀行であるRobertson Stephensのプレジデントとして従事していた。

独立型のM&Aアドバイザリーファームである米GCA Savvian Advisorsでマネージングディレクターを務めるTodd J. Carter氏 独立型のM&Aアドバイザリーファームである米GCA Savvian Advisorsでマネージングディレクターを務めるTodd J. Carter氏

--なぜ、以前よりもIPOが活用されなくなったのでしょうか。

 ドットコムクライシスの後に、さまざまな構造変化がありました。特にIPOのルール変更も大きく、IPOのハードルがより厳格になりました。以前であれば、時価総額規模が1億ドルとか2億ドルというのが可能でしたが、いまは最低でも3億ドルからで、実際は5億ドルぐらいの規模が必要になってきます。きちんとした株式上場・公開企業になるためにはそうしたレベルが求められるのです。

 このほかに、上場企業であることのコストも発生します。また、以前であればIPOできるような企業をリサーチする投資銀行があったが、それも数が少なくなったこともあるでしょう。こうしたエコノミックモデルがだんだん有効でなくなってきているわけです。結果、小さな企業がIPOするためのモデルがなくなってきてます。

 もう1つは、キャピタルマーケットそのものが大きくなってきている点があでしょう。市場全体の時価総額が大きくなるほど、機関投資家は大きな上場会社にしか投資しなくなります。そのため、1億~2億ドルといった小さな企業には機関投資家が投資しなくなるので、その分IPOが難しくなってきているということもあると思います。

 つまり、企業規模(価値)が大きくならないとIPOできないのです。ただし、その半面でプライベートなファイナンスマーケットというのがより発展してきています。FacebookやGoogle、Grouponなど、IPOするまでにプライベートの投資家からけっこうな金額を集めていました。IPOまでに、かなりの時間待たなくてはなりませんでしたが、こうしたプライベートのキャピタルマーケット、ファイナンシングの市場が非常に発展してきています。こうした変化が市場で起きていて、15年前にはこういったことはありませんでした。

 さらにもう1つ挙げると、すでにビジネスやテクノロジーが広く発展してきていることもあります。起業した後、大きな企業に買収されるというケースが増えてきていますが、企業を設立した後のアップサイド(飛躍的な成長)ということが限定的になってきていると思います。たとえば、10年以上前であれば、NetscapeやAmazonなどがIPOして、その後成長を遂げてアップサイド(業界で首位)をとれましたが、いまAmazonと同じようなことをやろうとしても、それはきっとできないでしょう。同じことをやろうとしても、狙うセグメントを絞るなどしなければならないと思います。そういう意味では、起業する人にとってはIPOというより、ある段階で買ってもらうという傾向になってきています。

--M&Aする側の企業の目的は、その企業が有する製品やサービス、エンドユーザー、技術、人材などさまざまでしょうが、何を求めるケースが多いのでしょう。

 企業によっても業種によっても異なりますが、ユニークな技術や技術者(エンジニアリングタレント)というは目立ちます。ある企業に50人のワールドクラスの技術者がいたとすると、それに5000万ドル払うというケースがありますが、その場合は企業がほしいというよりはその技術者らが欲しくて、彼らにGoogleやTwitterのような企業にして欲しいというように考えています。こういった、ユニークな技術や技術者というのが、おそらく大きな比率を占めています。

--Facebookに買収されたInstagram、Microsoftに買収されたYammer、Yahooに買収されたTumblerなどいろいろなM&Aの例がありますが、技術者など人材が欲しいとして買収した後に、結局その人材が去って行くといったケースもあると思います。当初の目的通りいかなかったというケースが増えているような気もしますが。

 とても大事な問題で、完璧な方法はないといえます。ただ、1つ大事なことを挙げると、インセンティブがあります。ストックオプションなどがそうですが、経済的な報酬を与えるということが挙げられます。たとえば10%の株式を保有している企業を2500万ドルで買収したとしても、最初に全部あげるのではなく、何回かに分けて支払うといったことも考えられるでしょう。

 また、「買収した企業の技術者10人が非常に大切である」といった場合に、彼らを強制的にとどまらせることはできません。しかし、技術的な開発をより大きなスケールで可能にするなど、企業としてグロースオポチュニティ(世界的なチャンスや機会)を提供することが重要だと思います。つまり、働く人にエキサイティングなことやオポチュニティを提供することが大事なのです。買収するに当たっては、買収する側と買収された人たちが、共にWin-Winの関係になれるようなアーキテクチャをいかに作れるかが鍵を握ります。

--TwitterがTwitterクライアントのTweet Deckを買収した例があります。このときに、エンドユーザーの否定的な意見や反応も見られました。つまり、買収されるまでは人びとに支持されていたアプリケーションやサービスが、買収された後に以前とはまったく異なった機能になったり、方針が変わったり、または世の中からなくなってしまうケースもあると思います。こうした際には、それまで支持していたユーザーが、M&Aに対して否定的になることもあるでしょう。こうした点をどう考えますか。

 M&Aする場合に、競合上の理由というのもあります。Facebookのビジネスに対してInstagramがカニバライズ(共食い)しないというのが大事。Twitterのケースも防御的な買収といえるかもしれませんがよくはわかりません。一般的に競合するような技術を買収してそれをシャットダウンしてしまう、競合にならないように取り込んでしまうという側面はたしかにあります。

 長い目で振り返ると、GoogleがIPOする前にMicrosoftやYahooが買収しようとしましたが、もしMicrosoftがより高い値段を提示していたら、Googleを買収できたかもしれません。そうすると、今の世界はまったく別な世界になっていたでしょうが。ダーウィンの進化論の話になりますが、「あなたがもし食べなければ、あなたが食べられてしまう」ということです。まあ、この面は非常にM&Aの戦略的な部分になりますね。

 また、YouTubeのケースで見れば、Googleは非常にいい買い物だったといえるでしょう。戦略的ではありましたが、いまでもキャッシュを生み出しています。

--シリコンバレー、もしくはシリコンバレーのコミュニティに対して日本の企業、起業家などが幾たびもチャレンジしてきましたが、なかなか溶け込めないように思います。最後にアドバイスいただけますか。

 もし日本のある程度大きな規模の企業ならば、シリコンバレーに物理的なプレゼンスを置くというのは非常に価値があり、意味があると思います。そこに人を置くことで、シリコンバレーのエコシステム、コミュニティの人と知り合いになり、いろいろなリレーションシップをとることが非常に重要です。

 もし、シリコンバレーに拠点を持てなければ、定期的に訪問するべきです。米GCA Savvianのようなアドバイザリーファームと一緒に取り組むことで、ベンチャー企業やベンチャーキャピタルなど、いろいろなネットワークの人びと、オピニオンリーダーと知り合いになるのはかけがえのないことです。

 米企業にとって、日本の市場に参入するというのはなかなか難しい面がありますが、日本の企業や人びとが来ることに対して米企業は寛容です。ベンチャー企業も含めて米企業は技術を開発したり、ビジネスを展開したり、非常に忙しいので、アジアや日本に展開しようとなかなか思いつかない面もあるので、そういう意味では日本の企業や人びとがシリコンバレーに来ることによるベネフィットというのは非常に大きいと思います。

 世の中ではいろんなイノベーションが起きていますが、その多くのイノベーションはシリコンバレーに集中しているといえるでしょう。短期間であっても、多くの人と会ってリレーションシップを構築してほしいです。シリコンバレーの人びとも、新しいビジネスチャンスや技術、取り組みに対しては、積極的に興味を持ってくれる人たちです。ぜひ、積極的にコンタクトしてください。

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