第1話はこちら。
(編集部注:第1話より)ところが、これまでのところ、その中に「アメリカの書籍流通は買い切りである」と書かれたものをいっこうに発見できないでいる。それどころか、以下のように、逆のことを示唆するものばかりが目につくのだ。
「書店は一般書仕入れにあたって、さまざまな条件付き(中略)にもせよ、出版社の発送伝票の日付けを基準にして四か月以降から一か年以内の範囲であれば、売れ残った本を出版社へ返品することは自由にできる」(金平聖之助『アメリカの出版・書店』44ページ)
「出版界にとって最大の悩み、難問のひとつである返本の対策として、一九八一年からハーコート・ブレス&ジョーバノヴィッチ(HBJ)社は、自社発行のハードカバーの卸について(中略)完全買切制への以降に踏み切り、出版界に大小さまざまな波紋を投げかけたのであった(中略)HBJ社の買切制導入以前の段階においても、二〇〇社余りの小規模の専門書出版社は、完全買切制を実施していたが、主要一般書出版社としては、HBJ社が第一号と言える(中略)だがHBJ社につづいて買切制を導入する出版社は皆無に近いまま、HBJ社も早々にして買切制を打ち切らざるを得なくなった」(同書48-49ページ)
同書は1992年刊行なので、情報が古い可能性も考えられるが、最近の英語の文献をあたっても、次のような記述が見られるばかりだ。
「他のほとんどの産業と違って、出版産業は小売や卸売からの無制限の返品を受け付ける。実質的に、あらゆる本は委託で販売されているのだ。(Unlike most other industries, publishing allows unlimited returns from its retail and wholesale customers. In essence, every book sold is on consignment.)」
「出荷された月末から30日以内の支払いを約束するNet 30が、ほとんどの出版社の契約条件となっている。だが書籍では、実際の支払いは90日-120日後にしか実行されない。(Net 30, or payment within thirty days of the end of the month in which a book is shipped, is the norm that most publishers stipulate as their terms. In the book industry, though, most accounts actually pay in 90-120 days.)」 (以上は"Publishing for Profit" by Thomas Woll, 2010 AP通信は同書を「出版産業のバイブル」と称賛したとのこと)
「書籍は1930年代以降、返品可で販売されている。大恐慌のまっただ中、一部の出版社が書店に冒険するインセンティブを与えようと決意したのが始まりだ。われわれは、以来このイノベーションの影響下に置かれたままだ。 (Books have been sold on a returnable basis since the 1930s when, in the depths of the Depression, some of the major publishers decided to offer accounts an incentive to take greater up front risks. We have been living with the aftermath of this innovation ever since.」) 『"The Book Publisher's Handbook" by Eric Kampmann, 2007』
「書籍産業は返品という伝統において少し奇妙な業界だ。書店や取次は、売れなかった本を出版社に戻せば返金を受けられる。この慣習は、米国では19世紀半ばに導入されて以来、1930年代まで断続的に用いられ、サイモンシュスターが1943年、「ワン・ワールド」という本で完全返金保証をしたときに概ね制度化された。(The book industry is somewhat unique in its tradition of returns. Retailers and wholesalers are generally allowed to return unsold books to publishers for credit. )『"Reluctant Capitalist" by Laura J. Miller, 2012』
関連文献で見る限り、この点では英国の出版界も基本的には同じ仕組みを採用している。主に英国の観点から出版界の基本を説いた『" Professional Guide to Publishing" by Gill Davies and Richard Balkwill, 2011』は、こう言う。
「出版における返品可の取引実態を初めて知ると、多くの人は驚く。出版社は小売業界のプライベート銀行のようだが、本当の銀行と違って、すばらしく儲けているわけではない」
これなどは、方向性は異なるが、第1話でも触れたジャーナリストの佐々木俊尚氏のいう「ニセ金化」を彷彿とさせる表現である。
少し前になるが、ブルームバーグによると、2008年、大手出版インプリントのハイペリオンの創設者が、やはり大手のハーパーコリンズに移り、買切制度を導入しようとした、という報道もある。しかし、同記事の中で、業界誌パブリッシャーズウィークリーの記者は、うまくいく望みは薄い、と示唆している。
この記事で注目すべきは、以下の件であろう。
2005年の返本は4億6500万部、31%にものぼった(中略)(返品を許す販売の仕組みは)エネルギーの無駄遣いでしかないし、もっと悪いことに、本の作りすぎを促進する。結局その大部分は、ゴミ箱行きになる。
「同じ委託販売といっても、米国のそれは短期、日本は長期、という違いがあるのではないか」とも考えられるが、各種資料を読むと、米国においても返品期限は契約によって異なり、かなり弾力的に運用されているらしい。
例えば、2002年、コストコの平均陳列期間は6週間だった。(中略)モール内の書店の(中略)1990年代の典型的な陳列期間は3カ月から6カ月だった。スーパーストア(筆者注;1990年代に広まった郊外型の大型店舗)の同期間の平均値は6カ月から12カ月だった。独立系書店の陳列期間は当然、店によって大きく異なる。手っ取り早く売り上げを上げたい書店は短く、おすすめの本を細々と売りたい書店は何年も陳列する『Reluctant Caplitalists by Laura J. Miller』
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