電子書籍について語る解説や評論には、くりかえし目にする「通説」がいくつかある。その中でも最もよく聞かれるのが、次の2つである。
「日本の書籍流通のあり方は、世界の中で特殊であり、本の売り上げ不振の原因となっている。それがまた、電子書籍普及の障害にもなっている」。「米国、欧州とも電子書籍の価格を出版社が決める『エイジェンシー・モデル』は違法ということになった」。
この2つの通説は、さまざまな形に姿を変えながら、日本の電子書籍に関する議論の前提となってしまっている。政府・民間の各種報告書でも、話の「枕」的に使われることが多い。
しかし、実はこの2つとも、事実に反するのだ。今回は、誰もが事実だと思っているこの2つの「都市伝説」について、真実を明らかにしてみたい。
議論の前提として、日本の書籍市場について簡単に説明しよう。日本の書籍市場については、2つのキータームで説明されることが多い。「委託販売」と「再販制度」だ。
書籍の委託販売とは、小売店がメーカー(この場合は出版社)の代理となって商品を販売する契約のことで、小売店は売れ残りを一定期間後に返品できる。返品の期限によって、「新刊委託」(約100日後~1年後など)、「長期委託」(4~6カ月まで返品可能)、「常備寄託」(1年後まで返品可能)などがある。括弧内の条件は取次会社と出版社が交わす契約によって異なる。
委託販売の対義語は「買切販売」で、日本でも岩波書店など一部の出版社は買い切りを原則にしており、通常の本は委託で出している出版社も、図鑑など、一部の商品を買い切りにすることもある。
再販(売価格維持)制度とは、「メーカーが最終小売価格(再販価格=定価)を指定していい」とする制度のことだ。一般に、メーカーが小売価格を指定することは、独占禁止法違反とみなされるが、独禁法には適用を除外されている品目がいくつかあり、書籍もそれに含まれている。
つまり日本ではメーカー(出版社)が定価を決めていい、とされているわけだ(ちなみに「定価を定めないのは違法」という誤解をよく目にするが、再販制度は「定価を定めた契約をしてよい」というもので、定価を定めない契約をしてももちろん合法である)。
なお、委託販売は1908年に始まり、再販制度は1915年、岩波書店が業界内協定(紳士協定)として始めたのがルーツとされる。1952年には独占禁止法で正式に法制化された(以上は『日本雑誌協会 日本書籍出版協会50年史』Web版より)。
この二つの制度は長い間、批評家の厳しい視線にさらされてきた。ジャーナリストの佐々木俊尚氏は、ベストセラーとなった『電子書籍の衝撃』(ディスカバー・トゥエンティワン)の中で、書籍市場の不振の原因は、流通構造にあるとしてこのように言う。
「本というコンテンツを流通させるプラットフォームが、今の日本では恐ろしいほどに劣化してしまっているから、本は売れなくなってしまっているのです。劣化の要因ははっきりしています。1つは、本を雑誌と同じように、マスのやり方で流通させてしまったこと。2つ目は、書店が本を出版社から買い取るのではなく、預かる『委託制』という仕組みを導入してしまったこと」(215-6ページ)。
そして日本において、1998年、2004年の二度にわたってトライされた電子書籍事業が離陸できなかったのは「取次中心の流通システムが確立してしまっている」ことにも原因があったとし、既存の流通システムをいったんつぶすことにも、電子書籍の意義はあると主張する。
委託制のもとでは、出版社は取次へ出荷した時点でその分の支払いを受け取れるので、出版社は目先の収益確保のために本を粗製濫造に走っている(佐々木氏は永江朗氏の言葉を借りて「本のニセ金化」と呼ぶ。実際に書店で売れるかどうかにかかわりなく、一時的とはいえ、お金が手に入るからだ)、この仕組みが出版産業を腐敗させている、と非難しているのだ。
「重要なのは、米国や欧州では、本は書店の買い切り制になっていることです。だから欧米では、無駄にたくさんの本が書店に送り込まれるようなことはありません。(中略)ところが日本では、「どうせ委託だから売れなければ返本すればいいから」とバカみたいにたくさんの本が毎日毎日、出版社から取次を経由して書店に集中豪雨のように流し込まれています」(同書)。
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