ファッション、ソーシャル、ECのクロスポイントを狙う日本人起業家--Material Wrld運営の矢野氏

 ニューヨークには、シリコンバレーとは少し違ったスタートアップシーンがある。簡単に言えば、ビジネスやライフスタイルとの早期のコラボレーションによって、より速くそのサイクルや事例が「動く」事だ。そんなニューヨークで2012年に起業した注目の日本人起業家が矢野莉恵氏だ。

自分が着なくなったお気に入りのアイテムを誰に、どのように譲るか?

 矢野氏は三菱商事に勤めた後、ハーバード大学ビジネススクールへ入学。その後、ファッションブランドCoachのデジタルマーケティングの仕事を経験した。現在のビジネスパートナーJie Zheng氏と数カ月間議論をし尽くして起業した会社の名前は、「Material Wrld」(マテリアル・ワールド)だ。


矢野莉恵氏

 Material Wrldは、着なくなったブランドのファッションアイテムなどを欲しい人に譲ることができる個人間売買のプラットフォームであり、その売買に至る過程そのものをオシャレ好きな人たちがもっと楽しめるようにすることを狙っている。そこには、ファッション好きであること、ファッション業界で働いた「ブランド感覚」が反映されている。

「Jieも私も、ファッションが大好きで買い物をたくさんしますが、そのうち着なくなるものも出てきてしまいます。特にブランド物の高い洋服などは、なかなか簡単に人にあげにくいですよね。お店で売れれば良いのですが、特に古着だときちんと価値を見出してくれるお店を探すのは至難の業です」

  • Material Wrldのトップページ

 「いくつか古着を売る場所はありますが、販売委託の形態がほとんどで、売れたら5割のマージンを取られ、売れなかったらそのままチャリティに回されて1円にもなりません。別のパターンでは、1000ドルで買った洋服なのに、店頭で30ドルのプライスタグが付けられることもあり、正当な評価がなされません」

 「オークションやeBayなどの場もありますが、ファッションでeBayが上手くいっている様子はありませんし、ファッション系のマーケットプレイスもeBayのマネをしているだけです。ファッション業界のマーケティングで働いた経験から思うのは、本当にファッションが好きだったり、クオリティやブランドを大事にする人は、eBayには行かないということです」

 ファッションが正当に評価されない、ファッション好きが集まらない、あるいはファッションブランドがブランド毀損を気にして寄りつかない——街の古着屋やeBay、eBayクローンのマーケットプレイスにはこうした問題点があり、それに対して矢野氏自身が不満を持っていたという。

「お気に入りを見せびらかす」パワーと時間の経過の巧妙な関係

 Material Wrldでは、選ばれたユーザーが自分のクローゼットの中身を公開し、そのアイテムに「Like」やコメントなどを付けてくれるフォロワーを集めていく。この場をいかに魅力的にするかは難しい。「いらなくなったアイテムを売るためにクローゼットの中身を公開する」という説明をしたところで、喜んで写真を撮ったりする人がいるだろうか。

 もう興味を失いつつあるものを魅力的に紹介する方が不自然で難しい――矢野氏は、ファッションをテーマにする場合、これまでのマーケットプレイスのプラットフォームの機能が根本的に間違っている理由をこう説明する。お気に入りのアイテムを手にした時こそもっとも喜びを素直に表現できるはずで、Material Wrldはその買った瞬間をまずアーカイブすることからスタートする。

  • クローゼットの画面。ダイアモンドのアイコンはお気に入りのアイテムで、販売していない

 「InstagramやFoursquareでは、美しいもの、自慢したいもので溢れていますよね。エンパイアステートビルのてっぺんの写真はシェアしたいしチェックインしたいけれど、マクドナルドに行ったら写真も撮らないし、チェックインもしません。それがソーシャルの現実です。だったら、ユーズドのマーケットプレイスにも、そうした自慢や見せびらかしたい瞬間を取り込めば、もっとパワフルで楽しい場になると考えました」(矢野氏)

 ユーズドのマーケットを「みんながいらないもの」の集まりではなく、「みんなが自慢したいもの」の集まりに変える。そのために、売りたいときではなく、買った瞬間からアイテムをポストしてもらう仕組みを採用した点が、これまでのマーケットプレイスとの大きな違いとなる。

  • 現在検索は提供しておらず、人やクローゼットからアイテムを見つける

 そして何より、「自慢したいもの」を表現するためにアイテムを公開する作業は、「手間」ではなく「楽しさ」になる。これこそが本当にソーシャルを活用したマーケットプレイスの姿ではないだろうか。単に「Facebookでログインできればソーシャルだ」という既存のサービスと一線を画すのは、こうしたソーシャルの本質をとらえている点にある。

 そして、ソーシャルではリアルタイムにフォーカスが置かれているが、時間経過の幅をコミュニケーションに取り込むこともまた、まだまだ追究の余地がある領域であり、取り組みが弱い部分でもある。Material Wrldでは、アイテムを手に入れた瞬間自慢するためにポストし、そのアイテムに友達やフォロワーから反応を得ておくと、この反応が今度はアイテムを手放すときに重要になる。そのとき「いいな」と思った人に対して、そのアイテムが売りに出たことが通知される。

 数カ月前に「楽しく」公開したアイテムを、ボタン1つで売ることができ、以前反応してくれた人は売りに出たことが自動的に分かる。Material Wrldはファッション好きのモチベーションと時間を非常に上手く活用したアイデアが巧妙に設計された、緻密なプラットフォームだったのだ。

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