コンデナスト・ジャパンが11月9日に開催したWIRED CONFERENCE 2012。基調講演にはWIRED編集長のクリス・アンダーソン氏が登壇。「ロングテール」や「フリーミアム」の提唱者でもある同氏が、自身の最新の著書である「MAKERS」でも記したメイカームーブメントについて語った。
アンダーソン氏はまず、自身の母方の祖父であるフレッド・ハウザー氏のことを紹介した。スイスから移住し、ハリウッドで機械工をしていたハウザー氏。電子時計の技術を用いて、自動スプリンクラーシステムを開発して特許を取得した。当時は特許を持っていたところで、スプリンクラーを自ら製造し、販売することは難しい時代。ライセンスをメーカーに提供することで、そのロイヤリティを得たという。アンダーソン氏はこれを「20世紀のサクセスストーリー」と語る。
その祖父とともに、金属の固まりからパーツを削り出してガソリンエンジンを製作するといった経験をした幼い頃のアンダーソン氏。その時は祖父の技術に感心した一方で、自身にその技術がないこと、ましてや工場を動かしてさまざまなものを作っていく力がないことを痛感したのだという。
またアンダーソン氏は、間欠式ワイパーの発明家がフォード・モーターを特許侵害で訴えたという1960年代の事件を題材にした映画「Flash of Genius(邦題:幸せのきずな)」を例に挙げて、当時は特許を持つだけでは大企業に勝てるような状況ではなかったと語った。
しかし現在、この構造は大きく変わりつつある。米国には、まるでトレーニングジムのように、会費を払えば3Dプリンターやレーザーカッターを利用したり、トレーナーにノウハウを聞ける「TechShop」のような場所ができている。この動きは米国を中心にしているが、世界に広がりつつある。日本でも、FabLab Japanが東京・渋谷や神奈川・鎌倉、茨城・つくばに施設を展開している。
こういった施設の登場などもあり、ものづくりのツールは手軽に使えるようになった。だが、それだけではない。ウェブ上にCADデータなど、もの作りのためのデータをオンラインにアップロードして、オープンソースソフトウェアのように自由に利用できるようにすれば、誰もが世界のさまざまな場所でものづくりに挑戦できる。アンダーソン氏はこうした動きを、紡績に始まる18世紀の産業革命、PCやウェブの登場によるデジタル革命の次に来る「第3の産業革命」であると語る。
18世紀の産業革命では、工場制機械工業の登場によって、限られた人数で品質の高い製品の大量生産が実現し、それが文字通り世界を変えた。ただその一方で人々は工場の周囲に集中しなければならなくなり、大量生産はものづくりの多様性を失わせた。そしてデジタル革命は「パーソナルフェーズ」だった。これまで出版業で使われていたプリンタが個人で利用できるようになった。また、1993年にウェブが生まれると、情報の伝達速度はより速くなり、社会の環境を大きく変えた。
そうした時代を経て、今では3Dプリンタすら個人が利用できるようになった。紙だけでなく、「モノ」を印刷できる。これによって、試作品を手軽に作る「ラピッドプロトタイピング」が実現するようになった。また、その方法もプリンタを使う際に「Print(印刷)」のボタンを押すのと同様、「Make(製造)」のボタンを押せばいいだけだ。
ものづくりの環境の変化は、新しいサービスも生み出した。それがクラウドファンディングだ。アンダーソン氏は「Kickstarter」や「CAMPFIRE」といったサービスを例に挙げ、「長い時間をかけて商品を作り、そのあとにやっと販売してお金を得る」というモデルではなく、「世に商品を提示し、売る前にお金を集め、そして販売する」というモデルが成り立つようになってくるとした。
クラウドファンディングのようなモデルがものづくりを変えるのは、前述した作り手の資金の話だけではない。たとえば商品が発売される前に世の中の反応を見るというマーケティングの側面での変化もあり、さらに買い手との関係をも変化させる。「Pebble(Kickstarterで1000万ドルを集めたスマートウォッチ)はウェブで生まれ、ウェブで育てられている。ユーザーはKickstarter上で商品に対して提案を行う。彼らは消費者ではない。サポーターだ」(アンダーソン氏)
ここでアンダーソン氏は、祖父にならって「Open Sprinkler」と呼ぶスプリンクラーを作った経験を紹介した。まずスプリンクラーに興味を持つ周囲の人間に声をかけ、1カ月で設計を終え、オンラインにデータを公開した。CADソフトや3Dプリンタは以前より安価になり、データはウェブで入手できる。残念ながらそのスプリンクラーは大麻栽培者に人気とのことだが、それでも今まで工場でその道のプロしか作れなかったものを誰もが作れるようになってきたということだ。アンダーソン氏は「ボタンを押すだけで製造業が変わる。製造業の民主化だ」と語る。
誰もが「MAKER(メイカー、作り手)」になれることは、ともすれば製造業にとっては恐ろしいことになるかもしれない。アンダーソン氏は、インターネット上に公開されているドールハウスの家具のデータをダウンロードし、3Dプリンタで打ち出し、色を塗って子供たちに与えたという経験を話し、「無料で誰かが設計するのを待たずとも、自ら作ればいい。品質でも規模の経済でもメーカーには負けるが、自分の欲しいモノが手に入る。私は以前に『ロングテール』について本を記したが、今は『モノのロングテール』が生まれる」(アンダーソン氏)と語った。
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