電子書籍の現実と戦略(後編)--Flash形式にならなかった理由と制作の現場

 iPad版「WIRED」の立役者であるAdobe Systems(Adobe)のXDカスタマーエンゲージメント ディレクターであるJeremy Clark氏とConde NastでWIRED誌のクリエイティブディレクターを務めるScott Dadich氏。前回のインタビューでは、電子出版、とりわけ電子雑誌に求められる要素やAdobeが提供する電子雑誌向けのフォーマット「.issue」(ドットイシュー)および「.folio」(ドットフォリオ)についての概要を紹介した。

 後編となる今回は.issue、.folioの具体的な展開やAdobeが提供する電子書籍配信ソリューション「Digital Publishing Suite」の概要、Conde Nastのデジタル戦略について聞いた。

--AdobeにはPDFの蓄積があり、FlashPaperという経験もあるわけですから、ビューアとファイルフォーマットの両面で展開するのが難しいことを認識されていますよね?

Clark氏:そうですね……PDFに関しては、すでに幅広く受け入れられているものと認識していますので、問題はないと考えています。FlashPaperについては、(買収した)Macromedia発の技術ということもあり、1社1規格という考え方の中で尻すぼみになっていったのでしょう。

 .issueや.folioについては、フォーマットは最終的にFlashベースのものになるはずだったと思います。というのも、インタラクティブな部分をファイルフォーマットとして定義することが可能であれば、Flashで構わなかったのですよ。ここからは、慎重にお話ししなければいけませんが……。

Adobe Systems XDカスタマーエンゲージメント ディレクターのJeremy Clark氏 Adobe Systems XDカスタマーエンゲージメント ディレクターのJeremy Clark氏

 しかし実際には、Appleが(ライセンスという形で)法的な制約をかけてきたわけです。その結果、iBook Storeで扱えるコンテンツは、その内部に実行コードを持たせることができなくなりました。この仕様に準拠させるとなると、たとえば電子雑誌の場合、広告代理店が作成したインタラクティブな要素については、ダウンロードできない、もしくは表示できないという法的な縛りを受けることになります。制約の範囲内で実装できるインタラクティブな要素には、限りがあります。

 Flashのノウハウを生かすことができれば、高度なインタラクティブ性を持たせた広告をデジタルマガジンに載せることができるのですが、残念ながら現在はそれが許される状況にありません。コンテンツ側に一切ロジックを持たせてはならないという話になると、なにか新しい拡張性を考えついた場合、ビューアのほうに手を加えざるを得ないという矛盾が生じてしまいます。FlashのオーサリングツールでiOSアプリを開発する形でもインタラクティブなコンテンツは実現可能ですが、アプリ内でコンテンツのダウンロードはできません。

デジタル版WIREDの動画やインタラクティブ機能 デジタル版WIREDには、動画やインタラクティブ機能が盛りこまれている

--ところで、Digital Publishing Suiteには、電子出版ビジネスを支援する機能も盛りこむとアナウンスされていますよね。具体的には、どのような機能がありますか?

Clark氏:まだ開発途上のソリューションに関する話ではありますが、「デザイナー間のコラボレーションを可能にする」機能は用意されます。たとえば、広告代理店と出版会社それぞれにデザイナーがいるとき、2人が離れた場所にいるとしても、InDesignを通じてコンテンツをクラウド上にアップロードすれば、ページの並び順を変えるなどの作業を共有できます。それを最終的に「.folio」として出力し、サーバ上にホスティングする、という流れですね。

 それ以外に考えられる機能としては、ソーシャルコミュニティ対応が挙げられます。ある分野のコンテンツを指向する人たちが共有する場に対しコンテンツを提供し、その閲覧を可能にする、といったことですね。ホスティングが整えばの話ですが、コンテンツをクラウド上に用意して、iPadやAndroidなどさまざまな端末から同じコンテンツにアクセスできるようにする、といったことも考えられます。

 そのような機能は多くの出版社が求めているはずですが、実現できるのはConde Nastなど大手企業に限られてるのが実情です。複雑なシステム構築をせずに済むようになれば、中小出版社でもそういったサービスを提供できるようになりますから、Adobeとしてもその方向を目指したいと考えています。

--そういったクラウドベースのサービスが実現されれば、閲覧期限を設けたコンテンツを展開したい、というニーズも出てきますよね? つまり、「Adobe LiveCycle」シリーズ的な期限管理が可能かどうか、という話です。

Clark氏:Digital Publishing Suiteには、コンテンツの有効期限を設定する機能が用意されます。これは出版社にとって重要なことと認識しており、1年しか使用が許されない写真とか、掲載期間の制約がある広告にも柔軟に対応できます。

--今度は、WIRED誌に関する質問です。デジタル版の開始直後、こちら日本にも好調なセールスが伝えられてきましたが、約半年が経過した現在の状況はいかがですか? 具体的には、期待する部数に届いているかどうか、従来の紙版の売り上げに変化があるかについてお聞かせください。

Dadich氏:デジタル版の売れ行きにはとても満足しています。デジタル版第1号は10万件以上のダウンロードを記録し、部数換算で紙版を上回りました。以降の号も順調で、紙版WIREDが経てきたような自然な曲線で部数を伸ばしています。10月までには、月々3万5000件づつダウンロード数が増えています。しかも、その数は「新しい読者」ととらえています。紙版の部数は減少していませんから。

WIRED誌のクリエイティブディレクターScott Dadich氏 WIRED誌のクリエイティブディレクターScott Dadich氏

--確認ですが、デジタル版は「純増」ですか?

Dadich氏:そう、純増です。もっとも、それはダウンロードされた件数という意味です。現在のところApp Storeでは、定期購読できませんからね。1号単位での売り切りベースの数字、ということになります。定期購読が可能になれば、さらに部数を増やせるとは思うのですが……。

 デジタル版の購読者からのフィードバックですが、フォーマットがいいとか、記事に入り込みやすいとか、ビデオなどインタラクティブな要素がすばらしい、といったことを聞いています。

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