世界視野で捉えたとき、再生可能エネルギーを拡大する牽引役は、風力発電であると言える。風力発電は年率30%という急激な拡大を長年続けてきたが、リーマンショック後に欧州市場が息切れし、その中心が一気に中国を始めとするアジア諸国に移りつつある。国産エネルギーの確保による安全保障の改善、裾野の広い産業基盤を活用する産業政策として、風力発電の重要性に各国が気づいたのである。
風力エネルギーの利用が本格的に始まったのは、平坦な土地が多く、日照にも比較的恵まれないドイツ北部やデンマークなどを中心とした地域であった。こうした地域では落差が得られないために、水力を利用することができず、伝統的に風力を利用してきた地域である。今でも木造の風車小屋が残されている。
1980年代に始まった商業的な風力発電機は、出力数十kW、ロータの直径が10メートル程度という、今となっては「小形風車」に分類されてしまうスケールの機器から普及が始まった。
この風力発電機が大きな転機を迎えたのは、広大な土地を利用できる米国における「ウィンドファーム(windfarm)」の登場によってだった。“風力農場”という言葉の通り、大地の上を吹き渡る風から電力という収穫物を産出する。それまでには存在しなかった発電設備は、石油ショック後の新エネルギー導入促進政策に後押しされる形で一気に拡大し、風車の大型化を含めた技術発展の基礎となったのである。
その後30年の時を経て、発電コストの低減を目的として、直径120メートル、出力5000kWを越える巨大な風車が登場している。このクラスの風車は陸上を輸送することが困難になるため、主として洋上風車とすることを目的としている。さらなる大型化(例えば2万kW風車)の可能性としては、EUが資金を拠出している研究開発プロジェクト「UpWindプロジェクト」が進められている。
これまで、欧米、特にヨーロッパを中心に発展してきた風力発電技術や風車市場は、リーマンショックを始めとする一連の経済情勢も理由となって、2010年に大きな転機を迎えた。中国という巨大市場の急速な発展である。
2005年頃まで中国の風力発電市場の動きは鈍く、導入量も目立ったものではなかった。「2010 China Wind Power Outlook」によれば、2005年時点での設備容量は127万kWに過ぎなかった。それがここ数年で一気に拡大し、2010年末までに設置された風車の設備容量は42GW(4200万kW)近くに達している。米国、ドイツなどの風力大国を抜き去って、世界最大の風車設置国になった。
設置容量が多いのは、内モンゴル自治区、河北省、遼寧省、吉林省、山東省などで、中国でも北方に位置する地域が中心である。しかし、上海にも近い江蘇省の沿岸部など、南方の地域においても風車本体や大型FRP翼などの組立工場の建設と併せた総合的開発が進められており、陸上のみならず、洋上への風車設置が進められていくことが予想されている。
中国は巨大な風車生産工場でもある。大形風車メーカとしては、Sinovel(華鋭風電、2009年の市場シェア25%、以下同様)、Goldwind(金風科技、20%)、Dongfang(中国東方電気、15%)のトップ3社が有力で、外国メーカーは苦戦を強いられている。
その他にも合わせて80社を越える風車メーカーが存在していると言われているが、今後は政府の方針に沿った形で、大手風車メーカーを中心とした業界再編が進むものと思われる。世界の工場としての中国のクリーンテック分野での動きは、日本では想像すら難しいダイナミックさである。
中国以外のアジア各国でも風力発電の導入を拡大する動きは進んでいる。日本の隣国、韓国も風力発電を産業政策として重要視しており、海洋に設置するタイプの風車である「洋上風車」に積極的に取り組む姿勢を見せている。
国土に山地が多く、面積が日本の4分の1程度であるために、陸域での風車設置には制約がある。しかし、周囲には広い海域が広がっており、その国内資源を活用するエネルギー政策であると同時に、世界トップクラスの造船業を支援することも狙った産業政策なのである。
韓国が狙うのは、欧米でも研究開発段階であり実用化まで時間を要すると言われている「浮体式」洋上風車市場の支配である。国家予算による研究開発を、米国など他国を巻き込んだ形で進めており、浮体式風車に関する技術規格の国際標準化は韓国が主導する形で開始されようとしている。
「着床式」洋上風車と呼ばれる、海底に固定した型式の風車を設置できるのは、水深が最大でも50m程度までの海岸線に近い海域に限定される。デンマーク、ドイツ、英国などに取り囲まれ、洋上風車の設置が拡大している北海などは全体的に水深が浅く、数十km沖合でも着床式洋上風車の設置が可能である。
それに対し、水に浮かんだ支持構造を採用する浮体式は、水深がさらに深い海域での風力利用を可能にするもので、海洋国日本にとっても重要な技術であり、将来的な期待は大きいが、実現に向けた技術開発のハードルは高く、国を挙げた取り組みが望まれる。
日本でも固定価格買取制度(FIT)の導入を柱とする、風車の導入拡大に向けた政策の準備が進められているが、昨今の政治情勢の下で、その実現には不透明さが感じられる。
政府は今期の通常国会でFIT法案の成立を目指している。しかし、民主党政権の支持率低下や衆参ねじれ状態にある国会運営の不安定さのため、FIT関連法案が今期の通常国会で成立することを危ぶむ声もある。
このFIT制度の下では、風力発電などを系統連系する際に追加的に発生する費用を電力料金に上乗せして徴収することになっており、排出権取引の導入に反対した鉄鋼産業などのエネルギー多消費型産業からの反対が強まっている。電力料金の実質的な値上げであり、利益を大きく圧迫するとの主張である。
今後は、固定価格買取制度による日本での風力発電の普及の動向や、日本企業にとってのビジネスチャンスなどを紹介していきたい。
鈴木章弘
株式会社風力エネルギー研究所 代表取締役
三菱重工業、Windward Engineering LLC(米国)、足利工業大学、日本風力開発を経て、2004年に風力発電専門の技術コンサルティング会社(現職)を設立。博士(Ph.D.)。
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