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TwitterやFacebook、地震の混乱で連絡手段として活躍--携帯電話が混雑する中で

Tim Hornyak (Special to CNET News) 翻訳校正: 中村智恵子 福岡洋一2011年03月14日 10時35分
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 東北地方太平洋沖を震源とするマグニチュード9.0の強い地震が2011年3月11日午後2時46分ごろ発生し、それに続く度重なる余震や津波の後、携帯電話がつながりにくくなり、TwitterやFacebook、Mixiなどのソーシャルネットワークが補完的な連絡手段として活用されている。

 携帯電話事業者は通信網が混雑していることから音声通話の制限を実施した。NTTドコモは、特に東京と大津波によって甚大な被害を受けた東北地方において、最大80%の音声通話を制限した。しかし、国内各地でサービスが不通か、とぎれとぎれになった。

 ソフトバンクおよびauも影響を受け、東京在住者はテキストメッセージを友人や近親者に送信できなくなった。筆者の友人たちの話では、NTTドコモで家族と連絡がとれたが、他ではだめだったという。

 TwitterやFacebook、Mixiなどのオンラインネットワークは安定していて、連絡を取り合うための補完的役割を担っていた。ただし、インターネットサービスは東京でも不安定な状態だった。

 東京にいる筆者の友人たちは、地下鉄が運行休止となったため都心の丸の内から数kmを徒歩で帰宅したという。12日にかけて高速道路が通行止めになり、東京の道路はひどい渋滞に陥った。

 「道路は歩行者であふれていて、まるで朝のラッシュアワーの通勤電車なみの混雑だった。歩いて帰宅するのに1時間以上かかった」と、都心のケーブル放送局に勤めるToshie Niida氏はFacebookのチャットに書き込んだ。

 「道路に出て携帯電話で話している人をたくさん見たが、数少ない公衆電話も全て長い行列ができていた」と、東京在住のジャーナリストBrian Chapman氏は語った。「連絡を取り合うには、FacebookとSkypeが最適な手段になっているようだ。被災地に入った記者によると、最も被害の大きかった地域の近くに住む人々の多くは、通常のテレビが見られないので、携帯電話でテレビを見て情報を得ているという」

 東京を拠点とする編集者Gregory Starr氏は、Facebookに次のようなコメントを書いた。「自宅の近くまで帰るのはあきらめた。コンビニでは食料は全て売り切れだったが、幸いにも缶ビールがいくつか残っていた」

 世田谷区在住の記者Christopher Johnson氏は、次のように語った。「シャワーから飛び出し、タオルをつかんで外に走り出た。古い日本家屋の我が家が、おそらく1分以上、左右に揺れるのを見ていた」

 Johnson氏はFacebookのチャットに、「1995年の阪神淡路大震災と同じくらいひどい地震だと思った」と書き込んだ。「今の問題は燃料と、東北地方の厳しい寒さだ。現地では、人々は屋内で寝るのを怖がっている。海沿いの漁村で暮らす高齢者たちはどうなるのだろうか」

 渋谷のレンタルビデオ店で働くMaiko Takemaru氏は、DVDが棚から振り落とされてしまい、片づけるのに長くかかりそうだと語った。

 「私は1995年の阪神淡路大震災の体験がトラウマになっている」と、Takemaru氏はFacebookのチャットに書き込んだ。「恐怖という意味では神戸のときの方が大きかったが、私は今日、東京にいるがまだおびえている」

この記事は海外CBS Interactive発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。

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