さらにLih氏は、Wales氏の人柄もWikipediaの成功と大いに関係があると主張する。Sanger氏が去った後、Wales氏は誰もが認めるWikipediaの顔となったが、Lih氏によると、Wales氏は干渉せずにコミュニティーに任せるべきときと、自身の権力を行使するのが必要なときの絶妙なバランスを把握していたという。
伊藤氏は、このバランスをうまく取るのは難しいことだったとしている。
「組織の顔は、一般の人々がその組織に抱く印象に極めて大きな印象を与える。顔のないプロジェクトを成立させるのは非常に難しい。その一方で、慎重を要するものでもある。なぜなら、オープンソースのリーダーシップとオンライン(コミュニティー)のリーダーシップは全く別物であり、多くのコミュニティーメンバーが、リーダーが手柄を独り占めにしていると感じることや、リーダーシップが過大評価されていると感じることがあるからだ」(伊藤氏)
もちろん、Wikipediaのリーダーシップの問題は、少なくとも初期においては論争の対象になっていた。この問題のためにSanger氏がWikipediaを去った可能性は高い。
Wales氏から本記事用のコメントを得ることはできなかった。一方、過去にWales氏とWikipediaを批判してきたSanger氏は米CNETに対し、同プロジェクトから去ったことに後悔はないと話している。「Wikipediaに再び関わる機会は何度もあった。Wikipediaに関わっていたときから時間が経てば経つほど、そして心理的な距離が大きくなればなるほど、関わりたいという気持ちは小さくなっていった」(Sanger氏)
Sanger氏は、最近ではWikipediaをほとんど使わないという。
しかし、現在「WatchKnow」と呼ばれる子供向けのオンライン教育動画ツールに携わっているSanger氏は、それでもWikipediaに対してアドバイスしたいことがあり、同プロジェクトは今後前進していくに従ってそのアドバイスを聞き入れる必要があると考えている、とも話した。
Sanger氏は第一の提案として、Wikipediaの顧問会は同サイト上に多くのポルノが掲載されていることについてこれからはもっと真剣に考え、保護者がポルノにラベルを付けてフィルタリングできるようにする方法を見つける必要があるとした。第二に、専門知識を持つ記事執筆者を古くから支持してきたSanger氏は、Wikipediaは「専門家が専門家として識別され、複数のバージョンの記事にコメントや評価を付けられるようにするシステムを導入」する必要があると考えている。
Wikipediaのように大きく成長したプロジェクトであれば、成長曲線が水平な線を描く瞬間が必ずやってくる。
Lih氏から見ると、Wikipediaには既にその瞬間が訪れており、同プロジェクトに深く関わっている人々はようやくその事実を受け入れ始めているという。
Lih氏が挙げる1つの問題は、新しいボランティアがWikipediaを訪れて素晴らしい記事を作成する機会が、かなり昔に稀なことになってしまったことだ。もちろんそうなってしまったのは、記事の数が1700万件に達したWikipediaでは、人間の知識に関する大半の話題が既に網羅されているからだ。残されている話題の大半はポップカルチャーと時事問題だとLih氏は述べる。つまり、非常に多くの初期パワーユーザーを引き寄せた主な勢いを得るのは、以前よりも困難になっている。
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