グーグルが絵文字を世界標準に提案した理由--国際化エンジニアに聞くプロジェクトの舞台裏(後編) - (page 3)

 2006年5月18日、KDDIは自社のインターネット接続サービスでGoogleの検索エンジンを採用することを発表している。さらに翌年7月、KDDIはGmailを活用したメールサービス「au oneメール」の提供を開始している。つまり、Googleが絵文字のプロジェクトをすすめていた2006〜2007年当時、同社はKDDIとスムースな情報交換を確立する必要に迫られていたことになる。

 まさにそこで障害として浮かび上がったのが、絵文字だったと考えられる。ただしKDDIの絵文字だけを扱えるようになれば問題が解決するわけではない。ごく普通のユーザーは、メール相手がどこの携帯会社なのか意識しないからだ。そうである以上、携帯3社の絵文字はすべてサポートする必要がある。

 桃井氏がインタビューで、当初の意図として「絵文字を送受信できるようにしたい。それも当時提携したばかりだったKDDIさんだけでなく、携帯3社全部とやれるようにしたい」と語っていること、そしてその動機を「ビジネス・ニーズに応じて立ち上げました」としているのは、絵文字対応の背景にKDDIとの提携があったことを強く示唆するものだ。

 Googleにとって絵文字の対応とは、KDDIがビジネス・パートナーになった瞬間から課せられることになった、厄介な「宿題」といえるかもしれない。

絵文字から浮かび上がるGoogleの世界戦略

 もうひとつ、桃井氏は気になることを言っている。絵文字の位置づけを「すべての大きなシステム、携帯メールをどのように扱うかという中の一部にすぎない」と答えている部分だ。この「すべての大きなシステム」とは何を指すのか?

 2006年5月のKDDIとの提携が、Google検索を端末に搭載するものだったことは前述したとおりだが、じつは日本の外に目を転じると、ちょうどこの前後にGoogleは世界中の携帯会社と同種の提携を結んでいることが分かる。流れが分かるようKDDIも含め列挙しよう。

  • 2006年1月:MotorolaはGoogleと世界規模の提携を結び、Google検索にボタン1つで接続可能な端末を世界中で発売すると発表。
  • 2006年5月:KDDIはEZwebにおいてGoogleの検索エンジンを採用することを発表。
  • 2007年1月:GoogleはChina Mobile(中国移動通信)の端末において、Google検索を提供することを発表。
  • 2007年1月:SamsungとGoogleは世界規模の提携を結び、Samsungの端末にGoogle検索、GoogleMap、Gmailのアプリケーションを搭載すると発表。
  • 2007年7月:KDDIはGmailを使ったメールサービス「au oneメール」の提供を発表。

 つまりKDDIの提携の前後、Motorola、China Mobile、Samsungとも同じような提携を結んでいる。ここで挙げたのは4社だけだが、おそらくGoogleはもっと多くの会社と交渉をすすめていたはずだ。その証拠に同社は2007年11月に新たな携帯プラットフォーム「Android」と、それを後押しする団体「Open Handset Alliance」(以下、OHA)の発足を発表している。

 このOHAに加盟する世界の携帯会社は、発足時点で35社にのぼる。もちろん上に挙げた全ての会社がそこに含まれている。さらに付け加えるなら、2008年1月にNTTドコモはGoogleと包括的な業務提携を結んでいるが、やはり同社もOHA加盟社だ。そして、つい先日発表されたKDDIのAndroid端末発売もこの文脈で考えるべきだ。つまりAndroidとOHAとは、それまでGoogleが世界各地で進めてきた携帯会社との連携が、1つに結実したものなのだ。

 では携帯電話に手を伸ばしたGoogleの狙いは何か。同社は2000年代中盤までに、主柱であるウェブ検索は当然として、Googleマップ、Gmail、Googleビデオなど、パソコンでアクセスできるウェブ上のサービスを一通り展開し終えている。

 そこで次に向かう開拓地として、その頃はまだ携帯会社が囲い込むにまかせていた携帯電話のインターネットを見出し、これを自分達のサービスと結びつけようとしたのではないか。同時にこれは、AdWordsやAdSenseといった広告商品の、新たな供給先の確保にもつながる。

 2006年当時の日本法人社長村上憲郎氏(2009年1月から同社名誉会長)は、同社の目標を「将来的に世界の全データをオーガナイズする(体系づける)」ことと語っている(2006年1月31日、「インターネットNext Stage」での講演。この言葉は当時の、そして今も変わらないGoogleの世界戦略をよく言い表したものと思える。

 ふたたび桃井氏の「すべての大きなシステム、携帯メールをどのように扱うかという中の一部にすぎない」という発言に戻ろう。ここでの「すべての大きなシステム」とは、世界の全データのオーガナイズを目指すGoogleの、クラウド・コンピューティングそのものを指すと考えられる。そして新たに携帯電話のインターネットをオーガナイズするため、世界中に散らばったGoogleのエンジニアたちが猛烈に働いた。日本のGmailチームはその一員に過ぎない。

 こうしてみると日本におけるGmailの絵文字対応とは、地球上に広げられた巨大なジグソーパズルの、ほんの小さなピースに過ぎないように思えてくる。ただし、たとえちっぽけな一片であっても、それを埋めなければ約1億台の携帯電話(総務省Excelデータ)が普及した、日本市場を押さえられないことも事実なのである。

小形克宏

1959年生まれ、和光大学人文学部中退。

2000年よりJIS X 0213の規格制定とその影響を描いた『文字の海、ビットの舟』を「INTERNET Watch」(インプレス)にて連載、文字とコンピュータのフリーライターとして活動をはじめる。Twitter IDは@ogwata。ブログ「もじのなまえ」も更新中。

主要な著書:
活字印刷の文化史』(共著、勉誠出版、2009年)
論集 文字―新常用漢字を問う―』(共著、勉誠出版、2009年)

主要な発表:
2007年『UCSにおける甲骨文字収録の意義と問題点』(東洋学へのコンピュータ利用第18回研究セミナー
2008年『「正字」における束縛の諸相』(キャラクター・身体・コミュニティ―第2回人文情報学シンポジウム
2009年『大日本印刷における表外漢字の変遷』(第2回ワークショップ: 文字 ―文字の規範―)。

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