市場の“分割統治”を実現するベンチャーこそが「キャズム」を超える - (page 2)

 上記のポイントを定量的に表すのがマーケティング戦略である。たとえば現在売上が1億円のベンチャー企業の潜在対象市場規模が1000億円の場合、そこまでいきつくための過程についての考察や戦略が重要になる。どのような特性を持ったサブ市場に、どのような優位性を持った製品を投入し、どのような経営チームで攻略するのか、そのバリューチェーン構築にどのようなリソースが必要になるのか。さらに、このようなステップをほかのサブ市場でいかに効果的に繰り返し、最終的に1000億円のマーケットを獲得するのか、という構想が必要である。

 ベンチャーキャピタルは、こういった戦略をデューデリジェンスの過程で検証するとともに、経営陣とディスカッションをして調整していく。そして、プランを完遂する為に必要なヒト・モノ的リソースを確保する為に必要な資金を投資させて頂くことになる。当然のことと思われる読者の方が多いと思われるが、実際の事業計画から資金ニーズをロジカルに落とし込むのは容易ではなく、そのためこの重要な部分が十分に練られていない事業計画が少なくない。以下に、実際の失敗事例と成功事例を紹介したい。

顧客への導入基準を読み切れず失敗した事例

 キャズムを超えようと戦略的にプランしてもできないことは当然ある。PDCAサイクル(plan-do-check-act cycle)をすばやく回せる業態であればセカンド、サードチャンスがあるが、コストがかさむハードウェア系であると存続そのものへの致命傷になりえるのでキャッシュフローの精査はマストである。私はかつて個人的に超ハイパフォーマンスプロセッサの設計および販売をするベンチャーに参画していた経験がある。そのプロセッサのアーキテクチャは汎用性があるため、対象と成り得る市場は広い。そこで複数のサブ市場をリサーチし、必要とされるスペックを顧客との議論を通じて確立し、プロダクトをローンチした。しかし、顧客に受け入れ始められたものの、業績は伸び悩み、遂にキャズムを超えることはできなかった。

 理由の1つは顧客導入クライテリア(導入基準)の調査不足とそれに起因するリソース配分の失敗。ある競合は、プロセッサに加えてその上で動くアプリケーションの設計を容易にする完成度の高いライブラリをふんだんに提供していた。またある競合は、エンジニアを客先に常駐させて自社製品の利用を促進していた。ベンチャーである我々は圧倒的に高いパフォーマンスのハードウェアを提供できたが、ライブラリやサポートは未熟。既存競合製品を利用すればより早期の市場投入が可能になる為、パフォーマンスを見送ってでもそちらを選択する顧客が少なからず存在した。アーリーアダプター受けが非常に良く、そして彼らが欲する作りこみを行った為、マスマーケット投入に必要なペリフェラルが不足していた。 顧客導入クライテリアをより深く理解し、リソース配分を事前に調整することができていれば、この失敗は避けられたのかも知れない。

的確な市場ターゲットでキャズムを超える事例

 弊社投資先のディジタルメディアプロフェッショナル(DMP)は3DグラフィックスエンジンのIP設計とその販売を行っている。会社設立当初、3DグラフィクスはゲームやCADなどのPCアプリケーションでの利用が大半だった為、PC用3Dグラフィックスエンジンとして製品が企画された。キャズムを超えれば世界的かつ莫大な市場の可能性があるものの、PCという余りに巨大なオープンプラットフォームである為、ベンチャーが「成功」できる確度は低い。そこで狙うべきサブ市場が複数検討された。1つ目はパチンコ・パチスロなどのアミューズメント市場。2兆円規模の市場であるが、厳しい競争環境でさまざまな差別化が試みられているため新機能への関心が高く、かつ業界特性から新技術導入のハードルは比較的低い。またDMP社製品の特長である高性能と低消費電力(=低発熱)の両立が、限られた空間に複数の台を設置するアミューズメントでは重要なポイントとなった。これは一般的なPC用3Dグラフィックスの競合が参入できていない理由でもあった。

 現在DMPはアミューズメント市場においてキャズムを超えつつあり、それを足場に巨大な3Dグラフィクス市場中の第2、第3のサブ市場への参入が進んでいる。

 次回は、DMPの経営陣とともに、キャズムを越え、その後の成長をプランする取り組みなどをより具体的に紹介する。

井出啓介

グロービス・キャピタル・パートナーズ

シニア・アソシエイト

2007年グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。 同社にて半導体や通信などのコア・テクノロジーセクターを中心に投資を行う。担当先企業としてディジタルメディアプロフェッショナル(DMP)、a2network、米Zettacore、アイディなどがある。 米KLA-Tencor Corporationでの半導体製造装置エンジニア、米McKenna Groupの経営戦略コンサルタント業務の後、2002年からは東京でベンチャー企業の海外事業推進ディレクターなどに従事。バージニア大学工学部卒、スタンフォード大学経営工学修士修了。

グロービス・キャピタル・パートナーズは、グロービスグループの持つ経営ノウハウおよびネットワークを駆使し、創業段階および成長段階の起業家・ベンチャー企業に対し、事業資金の提供のみならず、企業成長のために必要となる「ヒト(人材)」「カネ(資金)」「チエ(経営ノウハウ)」を総合的に支援するハンズオン型ベンチャーキャピタル。
設  立:
1996年
運用総額:
約400億円

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