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セクシーカジュアルからわかるボトムアップ型消費の現状

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 今回の記事では、前回に引き続きジャパンイマジネーション社長の木村達央さんの講義を再現しながら、セクシーカジュアルが成立した背景について考えていきます。

 前回の記事では、「セクシーカジュアルの突風」が来るまでの間に、ジャパンイマジネーションが創業からどのように変化していったのかを、戦後消費社会の発展とともにご説明していただいた部分を掲載いたしました。

 さて、ここからマルキュー成功の要因について議論が進んできます。前回同様、木村さんの講義内容を再現しながら、進めて行きたいと思います。

SHIBUYA109のブレイク前夜

 前回からの続きとして、SHIBUYA109(マルキュー)の成功の要因から始めたいと思います。

 さて、ここからは、SHIBUYA109の成功の要因についてお話をさせていただきます。特に、ここでいう「成功」とは、ショッピングセンターとしての109がブランドになったということです。

 実は、今年の5月に109はオープンして30周年を迎えました。聞いている皆さん(注:学部1・2年生)よりもはるかに年上ということになります。

 この30年のマルキューの歴史を振り返ると、最初の10年は右上がりで大変景気が良い時代でした。しかし、当時の109はいまとは全く違い、なんの変哲もない駅ビルと同じでした。本屋も呉服屋も紳士服店もあったのです。しかし、渋谷の最高の一等地に位置していたため、最初から業績が良かったということです。

 その次の10年は、消費者も贅沢になってきて競争も激しくなってきたため、デリカ(ジャパンイマジネーションの旧社名)も苦戦をし始めました。109としても売り上げが厳しくなり、右下がりの10年でした。マルキューのブレイクの2、3年前はマルキューの売り上げがどん底にあった時ではないかと思いますが、ここから奇跡の改革が始まります。

 このような歴史的経緯の中から、マルキューが蘇っていったという歴史を知らないと見誤ってしまいます。最初から若者が集まって盛り上がっていたわけではないということをご理解下さい。

 今をときめくマルキューにも紆余曲折の歴史があるということですね。しかし、ブレイクの背景にはどのような変化があるのでしょうか。続きを聞いてみましょう。

 さて、そのころデベロッパーや出店者は次のようなことを考えていました。

 当時から渋谷という街には若いお客さんが多くいたのです。ところが、一歩109というショッピングセンターに入ってみると、街の中にはあれだけいる若者たちがビルの中には誰もいない。

 そこで、単純にそして素直に、「いま渋谷に来ているお客さんがそのままうちのビルに入ってくれればよいのではないか?」と考えました。この発想が、一番良かったんだと、心から思います。

 つまり、下手に「コンセプトを作って、ショッピングセンターの性質を変えていこう」などといった、精密な図面を書こうとしなかったのが奏功したと思うのです。その時のお客様のニーズをそのままビルの中に引き込めばいいんじゃないかと単純に考えたことが、マルキューの最大の成功の要因だったと考えます。

 これを機にしてマルキューの「奇跡」というほどの変化が始まりました。

 ショッピングセンターの運営側としてみれば、「街に集う若者たちを店内に誘導するにはどのようなコンセプトの打ち出し、広報戦略の策定が必要だろうか」などと考えてしまうと思うのですが、特定のコンセプトを上から押しつけないという逆転の発想は非常に特徴的だと思います。これは「徹底的にお客様のニーズに応える」というコンセプトであると、別の機会に木村さんから教えていただきました。

 このような戦略の変化によってブームが生み出されたわけですが、その背景にはどのような環境の変化があるのしょうか。どうやら「作る人」から「売る人」そして「お客様」に移ってきた「消費のイニシアチブ」という潮流の大きな変化が関係しているようです。

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