クールジャパンはどこまで真剣なのか

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 麻生政権がコンテンツ領域の施策を矢継ぎ早に打ち出す一方、本質的な意味で日本コンテンツのグローバル化が遅々として進まないことに業を煮やしているのは僕たちだけでない。

政策と現実との乖離

 4月9日、麻生首相は日本記者クラブで2020年までの「新成長戦略」を示し、その中で日本経済の未来を託した新たな成長戦略領域を3つ示した。そのうちの1つとして「日本の魅力発揮」が挙げられており、「観光大国」化と「日本のソフトパワー発信」が成長戦略として掲げられた。具体的には、コンテンツやファッションなどのソフトパワーの市場規模を現状20兆円(コンテンツは13.8兆円)から30兆円へと、主に外貨を稼ぐことで増大させようというもので、新たに50万人の雇用創出を実現すると意気込む。

 麻生首相が本部長を務める政府知財戦略本部では、上記内容をより具体的に落とし込んだ「日本ブランド戦略」を示している。また、直近のアクションでは、今年度の補正予算の行き先として、一部にコンテンツ産業領域を指し、コンテンツ海外展開ファンド創設やアニメなどをメディア芸術と位置づけ世界への発信拠点開設などを構想しているという。

 今世紀に入ってアニメなどのコンテンツやファッションなど日本のソフトパワーが競争優位にあり、海外で高い評価を受けているという認識が形成され、それを「クールジャパン」と呼ぶようになって久しい。しかし、最新の政府「日本ブランド戦略」などを見ると問題意識として、「高い評価にもかかわらず、創造基盤が弱く、海外での売り上げにつながっていない」とも指摘する。この状況は、クールジャパンへの注目が始まって以来、あまり変わっていないというのが現実だ。

 考えてみると、大きな矛盾が存在しているからではないか。

 家電や自動車は日本を象徴する高品質な製品として、長い年月をかけた血と汗が滲む先人たちの努力の結果、ようやく広く海外に受け入れられるようになった。そして、今やそれら産業に大きく日本は依存するようになっている。

 幾ほどかの映画作品が国際賞を獲得し、アニメのファンクラブが高校にできるようになった。「カワイイ」「オタク」という言葉が海外の辞書に掲載されるようになったからといって、現在の家電や自動車とは違うのは明らかであろう。たとえるなら、浅田真央がGPで優勝したからといって、日本人が軒並みフィギュアスケートに長けているわけではないように。

 いや、だから伸ばしていこう、というのが政策として掲げられているんじゃないか、というのはそのとおりだろう。しかし、クールジャパンの実力とはどれほどのものなのかという、正確な把握をしているだろうか。そして、仮に個別の作品レベルの評価が高くとも、産業として規模を求めるのであれば、従来とはまったく異なる仕組みが必要となろう。そのためにも、国が大きな期待を寄せ、国費を投じ、それが日本経済に十分な影響を返すというほどのものなのか、十二分な検討が必要なはずだ。それを前提に、大きな戦略を描き、その構図を広く共有する必要があるのではないか。

 前回のエントリ「基盤となるインテリジェンスの蓄積を急げ」でも示した通り、日本の実力を客観的に把握できるデータは少ない(ファッションは違うという印象もあるが……)。少なくとも日本では海外の市場に対する基礎理解もインサイトもなく、日本のコンテンツやメディアの事業者は海外の動向に疎いというのが常識だね、という賛同の言葉を多数いただいた。なぜかネット上でのレスポンスよりも直接のメールや対面でのフィードバックが多かったのは、学術や実業の方の行動傾向をよく表している気がする。

 政府の戦略は方向性として決して的外れではない。しかし、その具体的な落とし込みとなると、前提レベルでの認識の弱さから発生するため、ブレが生じる可能性が非常に高くなってはいないか。たとえば、アニメや映画などのコンテンツを芸術として捉え過ぎては、多額の外貨を稼ぎ、多くの雇用創出を行うことは難しい。実際、すでに日本はメディアアートの世界では突出したパトロン国家であり、数多くのアーティストがその資金のために日本を目指しているし、優れた人材が日本でも育っている。しかし、それらは産業には程遠い規模でしかない。

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