まず、ユーザーエンゲージメントについてのトピックをまとめてみよう。
日本で注目を集めるかなり以前から、英国ではCGM(消費者生成メディア)が人気を呼んでいた。16〜24歳の7割以上がSNSやブログを利用した経験があるといわれている。彼らのような若い生活者は「クリエイト(自ら情報を発信)し、コネクト(相互につながる)」という一連の行動を体験して、他の生活者の意見を重要視する傾向が強まったと考えられる。結果、企業(ブランド)主導で、特定のブランドがその優位性を発信する従来型の広告は機能しなくなってきているとされた。
これは、日本でも一種の常識とされている話題ではある。が、英国では前編で述べたように、その市場環境から企業マーティングに携わるプレーヤーにとってより深刻な課題として認識されており、その対処策への取り組みの努力も古くからなされてきた。
生活者にいかにコミュニケーションし、そのエンゲージを得るかというテーマとしたセッションでは、「Brand as Service(ブランド・マーケティング(広告)をサービスとして捉える)」という発想の議論がされており興味深かった。
従来の「ただ発信するだけ(saying)」の広告から、ユーザーが参加していく「場」を提供する。あるいは、既存のユーザー同士の関係に入り込み、絆をつくる(engaging)活動への転換が企業に求められており、よって企業(ブランド)のマーケティング活動とは、企業の提供する「サービス」、すなわち「生活者の問題を解決し、価値を提供する」商品として考えるべき、という発想だ。
実際に行われたディスカッションでは、立場の違うパネリストが、それぞれ広告とサービスのあり方について発表を行ったのだが、必ずこの「ブランドとはサービスである」という発想が前提となっており、英国では業界全体で確実に共有されていることが確信できた。
生活者の心を掴み、絆を結ぶためには、生活者を囲む環境において多様化するタッチポイントに対し、的確にタッチポイントが生じる文脈を把握し、生活者の心の中でインパクトを創り出しうる魅力あるコンテンツを提供することが重要だ。
これは全世界すべての国のマーケティング業界にとっても、極めて重大きなテーマだ。英国では、過去の努力を基に戦略としての整理と理解への試みが活発になされている。あるセッションではコンテンツ戦略について、下記のように5つの分類がなされていた。
そのセッションの中ではContents Invasion戦略が注目を集めた。コンテンツ・インべージョンとは、テレビ番組などの映像コンテンツの場面に、自社製品を自然なかたちで登場させるプロダクト・プレイスメントとは異なる。提供するコンテンツはユーザーの支持を得て、それまで企業(ブランド)が持っていたイメージさえも呑み込み、新しいブランド価値として既存のブランド価値を侵食(インべート)する効果を狙った戦略である。
前回紹介した「ゴリラ」CMは、コンテンツ・インベージョンのケースとしてとらえることもできる。同CMは、Cadbury社のDaily Milkというブランド をテーマにしたものの、オープニングタイトルで流れる「a GLASS and a HALF FULL PRODUCTION」という架空の映像制作プロダクションがコンテンツを提供する形をとっている。
この架空のプロダクションによる「なんだかスゴくて、楽しい」映像を、YouTubeなどのソーシャルメディアを介してとてつもなく多くの生活者が接触した結果、長い歴史を持つDaily Milkは老舗ブランドではなく、楽しみを提供する新しいブランドへとイメージが一新されたのだ。
この戦略は極めて魅力的だが、実施するには勇気が必要となる。既存のブランドをリデザインする意味合いも強く、クライアントには大きな決断が迫られる。また、同戦略を推し進めるエージェンシーにとっては、戦略の必然性・妥当性を示し、実施へのハードルをいかに超えるかがまさに腕の見せ所となる。
このようなチャレンジングな展開には、効果をどう設定し把握するか、という効果測定が非常に重要なファクターとなってくる。
英国でも日本同様、クライアントと広告会社にとっては広告の費用対効果測定は重要だ。しかし、多チャンネル・多メディア環境下での、特に生活者のエンゲージメント確保を志向したキャンペーンであればなおさら、費用対効果測定は、下記の2つの困難な課題を内包することになる。
1)テクノロジーの課題
1つのウェブサイトにとどまらず、多メディアで展開される場合、メディアをまたいでデータをトラックする手法が確立されていない
2)指標策定の課題
エンゲージメントという概念には、感情的な要素(emotional involve)を含んでいるため計測、数値化、可視化が難しい
これらの課題の解決に向けて、ad:techでも多くの発表がおこなわれていた。しかし、現時点では決定的なソリューションの提供や、指標の標準化はなされておらず、日本同様、暗中模索の過程にあるのが現状だ。
しかし、一方で「(広告などのコミュニケーションを含む)ブランドをサービスとして考える」という文脈においては、単純なコストとしての広告効果を測るというROI(対投資効果)の議論からさらに進み、事業としての広告=サービスへの投資としてマーケティングを考え、どう収益化していくか、という転換の発想がなされている。メディアの効果という点でも、CPCやCPMといったネット広告の旧来指標との比較とは違う次元での議論が積極的に始まっている。
このような現状を反映して、独自の効果測定・戦略策定ツールを用いて、クライアントの媒体向け広告予算を最適配分する提案を行うコンサルティング/プランニング機能を前面に押し出したNaked Communicationsのようなエージェンシーが育っていることからも、英国の広告会社/インタラクティブ・エージェンシーにとって同分野が重要なビジネス領域になっていることがうかがえる。
今回ad:tech London 2008のレポートとして掲げたこれらの話題は、概念的に、あるいは断片的な知識として、日本にも輸入されているものも多い。しかし、それらはあまりに漠然としており、そのまま実行することは困難だ。そして、日本という環境を考慮したものでなければ、機能せず、最適化もされないだろう。そのため、これらのテーマを自ら咀嚼し、日本の土壌・文化に即した問題解決の提供が求められる。
ただ、生活者視点で発想がなされ、過去に行われてきた数々のアプローチの蓄積を、改めて「戦略」策定という視点として整理し、クライアントへ説明し、クリエイティブで結果を導き出すといった、クリエイティブ/インタラクティブ・エージェンシーのビジネス・プロセスは、そのまま参考にしてもいいのではないだろうか。
また、その活動そのものが競争を通じて、業界全体の知として顕在化され、浸透し、その業界全体の底上げがad:techのようなイベントを通じて行われていることの重要性が強く感じられた。
そこで僕たちは、日本の事情に合った手法を模索していきつつも、特殊性も含めて自らのマーケティングをめぐる発想やビジネスの「戦略」として、ステイク・ホルダーであるクライアントや生活者、あるいはメディアへ、そして、モバイルなど最先端の領域においては海外のプレーヤーたちへ分析・解釈するなどの説明力をさらに強化すべきではないか。
来年開催されるad:tech Tokyo 2009が、そんな試みの場となることを期待したい。
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