映像ビジネスの動向、金融危機との関連--国際テレビ番組見本市「MIPCOM」より - (page 2)

金融危機とコンテンツ業界との関係と今後の動向

 MIPCOMのキーノートスピーチで壇上に上がる業界リーダーたち、あるいは開催されるカンファレンスで、やはり話題にせざるを得ないのが金融危機というトピックだ。

 映画製作や先端的なテクノロジを用いたサービス開発には、かなりの規模の金額が必要となる。日本のように業界内部や人的なつながりによって私募の形式をとった調達ではなく、金融機関によるシステマチックな調達こそが需要を満たすことができる。

 だが、それら金融機関に襲いかかった今回の危機は、当然ながらコンテンツ業界にとっても問題なのだ。

 しかし、MIP会場で聞こえてきた声からは、それほど深刻な状況はうかがえなかった。むしろ、VIACOMのダーマンCEOがいうように、コンテンツ産業とは不況下であっても成長する産業であり、先進諸国ではなく、新興地域の成長意欲が著しい今、今回の金融危機は既存のプレイヤーの構図をこそ変えるかもしれないものの、決して災難ではないという見方が強い。

 あるセッションでは、先進国の消費者は不況下では大きな投資を控え、家庭内で過ごす時間が増える。あるいは、映画などの身近なレジャーを利用するため、エンターテインメント産業はむしろ伸びる傾向があることを過去の歴史的な統計を掲げながら説明するパネリストがいた。

 実際、ハリウッド映画など映像コンテンツ/サービスという、ある程度リスクが存在するものの、実体経済に即した領域への金融が今後ますます活発になるという予測、そしてその具体的な傾向が現れてきている。

 Financial Timesによると、金融市場の危機により一時的には映画製作のための資金調達が滞る可能性があるという。たとえば、つい先ごろインドのリライアンス・ビッグ・エンターテインメントに買収されたS・スピルバーグらが率いるドリームワークスは、リライアンスからの出資500億ドルを元手にJPモルガン・チェイスから700億ドルの融資を一端は確約させた。

 しかし、現在は停止されているという。とはいえ、その契約は解除されたわけではなく、金融市場の安定化を待って実施されるのだという。先だってから、同様のニュースは多い。

 そもそもハリウッド映画の製作資金はどのように調達されているのだろうか。

 90年代にドイツの映画製作事業投資へのタックスシェルター(課税免除)制度を活用して、欧州のプライベートバンクが組成・運用したファンドによってハリウッド映画の制作事業規模が急拡大した。その背景には、プロデューサーらが少ない投資額で脚本などを開発し、ハリウッド・メジャーがその配給を決定すると、その配給による収益を担保に残りの制作費の融資を完成度に応じて段階的に受けていくというスタイル(「ネガティブ・ピックアップ」という)が完成し、定着するようになった。

 現在、ドイツのタックスシェルター制度の改正によって、以前同様の欧州からの調達は減っている。しかし、開発資金の調達をヘッジファンドなどオルタナティブ投資の対象として得られる資金を元手に、メザニン融資(通常の融資よりもリスク許容度は高いが、成功報酬などを求める商品)などの金融商品として銀行などから残りの制作資金を獲得するといった組み合わせで映画製作を継続していくことが可能になった。

 この手法は、相対的に少額の投資であっても融資と組み合わせることで、比較的少ないリスクで大きなリターンが得られる。また、そこで発生した債権は譲渡可能で、すなわち、2次市場が存在することになる。これこそが日本のコンテンツ投資に欠けているポイントだ。金融危機が去った後も継続的に活用されていくだろう。

 現在、主に金融危機によってダメージを受けた先進国からではなく、中東やインドなどの新興国から流れ込むマネーへと、作品開発のための資金調達先がシフトしつつある。

 前述のドリームワークス/リライアンス、あるいは中東の政府系ファンド、アブダビメディアがハリウッドに組成した映画製作投資会社Imagination Abu Dhabiや、同じくアブダビの投資会社MubadalaがNBCユニバーサルの資産を活用するために同社を保有するGEと共同事業会社を設立したように、直接的に姿を現すものもあれば、ヘッジファンドのように金融商品の姿を借りる場合もある。いずれにしても、作品開発のための資金調達先がシフトしつつあるあることは確実だ。

 大勢として、これまで複雑で極めて高いレバレッジがかけられた金融商品に投資されてきたマネーの一部が、シード(早期ステージ)投資にあたる映画製作の開発工程に投資されてきた。しかし、前述のような実体を持ったマネーにより、“モノ言う投資家”が出現し始めたのだ。

 彼らは、以前のコラムで示したように、全世界的に依然として市場そのものの成長が確実だ。また、程度までの内部においてリスクの偏りがあるがゆえに大きなリターンが獲得可能なメディア・コンテンツ/エンターテインメントという産業領域に、投資運用の対象として大きな関心を持っている。

 同時に、自国圏の文化産業開発や自国文化発の作品の制作、そしてそれら作品を用いたコンテンツ流通プラットフォームの整備促進といった、戦略的投資家としての側面が強いのが特徴だ。

 すなわち、今回の金融危機の背景にある新たなマネーの流れを生み出した張本人たちがコンテンツ産業に前向きだから、当然のことながら一時的な金融危機の影響による交代はやむを得ないが、新たなマネーによるますますの発展が期待できるというのが大方の見方なのだ。

 ちなみに、これらの傾向を察知した米国は、先ごろ難産の末に成立させた経済緊急支援法の改定案の中に、テレビおよび映画などのコンテンツ制作プロジェクトへの投資とそこからの収益に対する時限的な免税措置を組み込んだ。

 前述の中東や新興国からの戦略的な投資マネーを、自国の経済危機脱出の機会としても活用しようとする目論見がそこには見える。このしたたかさ、ぜひとも日本も見習ってほしいものだ。

 さて、MIPCOMのレポートはこのあたりにしようと思う。ほかにも多数のラーニングがあったが、それらを語るのは別の機会に譲りたい。また、前回提案したコンテンツのメディア化によるビジネスモデルの開発については、多くの方からご質問をいただいたが、CEATECでの実験結果なども含めて次のコラムで詳細をお伝えする。

森祐治

国際基督教大学(ICU)教養学部、同大学院(修士)、同助手を経て、米国ゴールデンゲート技術経営大学院(MBA:通信・メディア)およびニューヨーク大学大学院コミュニケーション研究Ph.D(博士)へ奨学生として留学。その後、早稲田大学大学院国際情報通信研究科に学ぶ。

NTT、Microsoftを経て、McKinsey & Companyに転ずる。同社を退職後、アニメ作品投資とプロデュース、メディア領域のコンサルティング、インタラクティブサービスの開発などを行う「コンテンツ・キャピタル・デザイン・カンパニー」株式会社シンクの代表取締役に就任。

また、政府系委員会、メディア・コンテンツ領域団体の委員や、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科・九州大学大学院芸術工学研究科などで教鞭を執る。

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