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多様な価値感を恐れるな--渡米起業家・支援家が語る日本人ベンチャーの未来(前編) - (page 2)

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--SVJENが生まれた背景を教えて下さい。

 元々の誕生のきっかけは、「シリコンバレーには日本人を対象とした起業家支援のネットワークがなかったから」と単純に言ってしまえばそれにつきます。

 実際、私が2000年にシリコンバレーで起業した際、ほかに日本人で起業している人を知らず、また知る方法もありませんでした。自分が日本の雑誌に取材された時に、その掲載誌でほかの日本人起業家が存在すると知ったくらいでしたから(笑)

外村仁氏 Silicon Valley Japanese Entrepreneur Network(SVJEN)の初代代表で、現First Compass Groupジェネラルパートナーの外村仁氏

 ですから、一番大変な会社の立ち上げ時期に、ノウハウを共有したり、母国語で悩みを相談したりするということがまったくできなかったわけです。同僚もベンチャーキャピタル(VC)も弁護士も不動産屋もすべて現地の人で、資金調達や契約書の締結など、やったこともないことばかりを英語でこなすのはかなりつらかった。それはそれで結果的に自分のトレーニングにはなりましたが、回り道も多かったし、やはり外国から来た人には敷居が高すぎると思いました。

 他方でインド人や中国人、イスラエル人などの起業家支援ネットワークは数十も存在します。中には25年の歴史を持つ組織もあり、活動の規模も大きいです。そこではこれから起業する人たちに実践的なサポートが日々行われています。それを知って、「ああ、これらの国の人たちから起業家が次々輩出される背景にはこういったネットワークがあるのだな」と思ったわけです。

 それまで、シリコンバレーの日本人のためにはそういう起業家支援組織がなかったのですが、「とにかく誰かが始めないといけないね」ということで有志が集まり、経験や知識の共有、相談や人の紹介ができる場をつくろうと、2002年にSVJENとして立ち上げました。私を含め全員がボランティアで、本職を別に持っています。ちなみに、事務所もなく選任の担当者もなしで運営しています。

--これまでの活動を振り返ってまとめていただけますか。

 2007年にSVJENは5周年を迎えたのですが、在サンフランシスコ総領事公邸で5周年のお祝いをやっていただきました。こちらに暮らしていると、本業以外に何かのボランティアをすることは普通のこととも言えるのですが、それでも自分自身のビジネス立ち上げに忙しい中、皆さんが時間を少しずつ割いて後に続く人のための支援組織を一から作り、それを継続的に運営したわけです。その事を振り返ってみれば、今日まで手伝ってくださった皆さんに感謝の念が心より湧いてきます。

 その5年間で起業家は増えたのかと問われれば、もちろんインド人や中国人のレベルと比べると、まだまだ少ないのが現状です。しかし、こういう活動は長く継続することが大事なので、新しいメンバーを募りつつ、引き続き活動して行きたいと思っています。

--日本人起業家が増えないのは、何が問題だと分析されますか。

 実は、日本人起業家が少ないだけでなく、スタンフォードに留学する日本人なども全般的に減少傾向にあります。シリコンバレーは全米でもアジア人比率が極めて高いのですが、日本人は残念ながらかなりマイナーです。元々人口数の違いもあるでしょうが、まずは「こっちに来る人、来ようと思う人」が絶対的に少ないのが理由じゃないでしょうか。

 ベンチャー支援組織もインドや中国人向けの組織は、参加者数も支援者の数もびっくりするほど多いです。インドや中国における起業家支援組織で一番大きいのは、インド人・パキスタン人支援から始まった「TIE」。25年の歴史を誇り、現役を引退してボランティアでやっているボードメンバーも50人を超え、支部が米国全土以外にもドイツやオーストラリアなど世界中に広がり、世界一の支援組織となっています。

 インドや中国の起業家がシリコンバレーに多い背景としては、これらの国の国内市場は相対的に小さく活躍の場が少なかったため、「米国で一旗揚げよう!」という人が多かったからとも言えます。逆に言うと日本の国内市場は大きいがゆえに、海外は後回しにされ、だんだん目が向かないようになり、気がつくと携帯電話業界のようにグローバル市場から置いてけぼりにされ、国際競争力が落ちていたということが増えているようで、この傾向を在外の日本人はとても心配しています。

 いずれにせよ、シリコンバレーで面白いベンチャーを立ち上げているのは、米国人だけではないんですよ。シリコンバレーという場所を借りて、世界中の人たちが起業できるようになっているんです。皆にチャンスが与えられている、特に、アジア人の活躍が顕著なのに、そこに日本人の名があまり出てこないのが残念です。これを少しでも変える一助になればいいと思ってます。

--少ない中でも成功している日本人起業家の例はありますか。

 そうですね、2年前に米国の株式市場に半導体チップを設計製造するTechWellという会社が上場しました。私の知る限り、日本人が米国で創業した会社では初めての上場だと思います。

 ほかにも、日本人創業の会社で、別の会社に売却された会社が、2007年に2例あります。この会社の創業者の方々には、2004年にSVJENで講演会(起業家トーク)をしていただきました(参考記事1参考記事2)。その生々しい体験談に我々聴衆が感動したと同時に、皆で彼らを応援しようという熱気が満席の会場でわき起こったことを思い出します。

 さらに、このうちの1人は、この春から音楽関係の新しいベンチャーをまたマウンテンビューで起業されました。この「シリアルアントレプレナー」が大事なんですよね。こういうチャレンジし続ける日本人が実際存在することをいくつか示せたことは、この5年間での大きな前進なのではないでしょうか。

 チャレンジすることが大事という態度は、最近の日本ではなかなか受け入れらないようですね。1回失敗すると、次のチャンスはなかなかもらえない。でも考えてみてください、たとえ極めて優秀な技術者であってやる気も人一倍な人であっても、事業の経験はない初めての起業だったら、最初の挑戦で成功する確率なんてたかが知れていますよね。これはどこの国でも同じです。なので、2度、3度挑戦した方が成功する確度も高まるのは、当然です。もっと言えば、大成功する為には失敗は肥やしという考え方と言いますか。

 この何度もチャレンジする起業家をシリアルアントレプレナーと言うのですが、日本では社会が失敗者に対して冷たく、シリアルアントレプレナーが生まれにくいというのは、悲しいことです。

--足元の状況としては、以前より良い方向には向かっていると。

 そうです。SVJENとしては、米国で起業したいという日本の若き起業家への道案内の1つにはなれたと思います。我々にビジネスのアィデアを持ち込んだり、相談や問い合わせをしてくる数は増えてきました。私が起業したころの、誰に聞いていいか皆目検討がつかない状況からはかなり変化しましたね。

 また、各国とも政府が直接シリコンバレーで起業支援をしているのですが、日本の場合は、日本貿易振興機構(JETRO)のBusiness Innovation Center(BIC)という海外進出ベンチャーの支援機関がサンノゼにあり、インキュベーション設備の提供やさまざまな支援をしています。

 ただ、政府関係機関ということもあり、従来は制約が多くて利用しにくい面もありました。そこに星野岳穂さんという経産省の方が出向してこられ、在任中の3年間でさまざまな改善をされました。その功績は大きく分けて3つです。

 まず、BICは以前まで「親会社が日本の中小企業にあたる」「米国に進出するのが初めて」というように支援の条件が厳しく、たとえば大企業からスピンアウトしたベンチャーは利用できませんでした。しかし、韓国の同様な機関は、韓国人なら誰でもOKだったのです。そんな話を相談したところ、本庁と調整し続けて1年後には誰でも入れるように規則を変えて下さいました。それからBICの利用率もかなり上がったと聞きます。

 2つ目がBICで専門の方を雇って下さって、その方たちがSVJENをはじめとするいくつかの日本人のプロフェッショナルアソシエーションの事務作業をサポートして下さっていること。どの組織もみんなボランティアばかりで運営していますから、この申し出は非常に助かりました。

 3つ目が独立行政法人情報処理推進機構(IPA)に働きかけ、海外志向が高い天才クリエーターのシリコンバレー視察ツアーを実現させたことです。これを機に、未踏ソフトウェア創造事業で発掘された人たちにとってシリコンバレーまでの距離が近く感じられるようになったとすれば、とても嬉しく思います。

--本年も未踏のツアーは開催されたそうですね。

 2008年は、2007年より未踏プログラマーの参加人数が3倍になり、さまざまなチャレンジをして戻って行かれました。ただお客さんとして見学に来るだけのシリコンバレーツアーが多いんですが、今回は団長の古川享氏のブルドーザーのような馬力のおかげで、非常にユニークな内容となり、参加者はとてもラッキーだったのではないかと思います。手伝った私もやりがいがありました。(参考記事1参考記事2参考記事3

--シリコンバレーでの反応はいかがでしたか?

 2日目に、こちらの弁護士事務所を借りて、シリコンバレーのVCやエンジェルに自社の技術をプレゼンするという会を設けました。集客も手伝ったのですが、彼らの第一声は「pleasantly surprised」、思っていたよりずっと良くて驚いた、ってことでした。古川氏の夜を徹しての鬼の特訓があって、発表者は大変だったようですが、非常に価値の高い経験になったと思います。そして、その中のいくつかの会社は、実際シリコンバレーの会社との事業提携やライセンスの話を進めており、成果は出始めているのが嬉しいですね。

--思ったより現地の評価は高かったと。

 そうですね。もともと、人材も技術もいいものが沢山あるんですよ、日本は。それをもっと外に出して世界で勝負して欲しいんです。また、今回の参加者の方々は、自分達の評価が高かったって話をして回って、「あいつができるなら俺もやるか」と周りに思わせて欲しいですね。そうやってチャレンジの輪が自然にどんどん広がっていけばとても嬉しく思います。

 ただ、今回の例ではないのですが、米国のVCが日本の学生や起業家となった人と話をして「目標や目的は何か」を聞くと、シリコンバレーで活躍するベンチャーの社長と全然違うことを言うので驚いたという話があります。

 シリコンバレーで起業する人は「世界を変えたい、産業を変えたい」という意気込みで語ります。多少誇張した話をする傾向があることを踏まえた上でも、実際そう思っている人は多数だと思います。一方、日本の人は「売上高5億円」だの「マザーズ上場」だのといった目標から話してしまう。

 それはマイルストーンと目標やミッションがごっちゃになっているということもあるかもしれませんが、それよりも「デカイことを言うと叩かれる」という日本固有の見えない圧力が邪魔しているような気もします。その大きな要因が銀行であり、銀行が融資をする際、「日本一になる」などの具体性のない大きな夢を語るより、「売上高5億」といった現実的な数字を語る方が信用されるからだという説明も日本の起業家数人から聞きました。

 そう考えると、日本では、リーダーとなる人たちが大きなビジョンや目標を堂々と語る場面が少ないということではないでしょうか。また、それを語らせて拍手してあげる人が足りないのではないでしょうか。

 世界を変えるようなベンチャーは大きな夢やビジョンがないと生まれません。今、シリコンバレーで伸びている企業にビジョンを語らせるとき、「まずは検索マーケットシェアで1%を目指す」とか日本の大企業みたいなことを言っているところは1社もありません。「少年よ大志を抱け」という言葉も外国人であるクラーク博士の言葉ですが、日本の起業家たちにはグローバルな視点に立って、大きな志を持って欲しいです。いや、多分内面では大志を持っているのでしょうから、それを堂々と語って欲しいです。そして周りもそれを拍手で迎えて欲しいと思います。

 後編に続きます。

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