Second Lifeは「後の祭り」、ニコニコ動画は「いつでも祭り」、だからニコニコ動画は盛り上がる――2007年に話題になった2つのウェブサービスをこう表現し、その鋭い分析力で注目された日本技芸リサーチャーの濱野智史氏(詳細については記事「Second Lifeが閑散としてニコニコ動画が人気なワケ--カギはユーザー間の同期性」を参照)。ニコニコ動画は、複数のユーザーがまったく別の場所にいて、別の時間に動画を見ているにも関わらず、同じタイミングで一緒に動画を見て盛り上がるかのような感覚を覚える点が大きな特徴といい、この「擬似同期」感が今までのメディアにはなかった新しい点だと話す。
この擬似同期のメリットとは何か。また、この手法はほかのサービスでも応用できるのだろうか。濱野氏に話を聞いた。
ニコニコ動画の「擬似同期性」のポイントは、「同期」と「非同期」という、本来であれば矛盾する性質が両立しているというところにあります。そのことを理解するには、たとえばマスメディアとネットの対立関係という、いささか手垢にまみれた問題に照らして考えてみればいいのではないかと思います。
まずマスメディアというのは、一斉同時にコンテンツをブロードキャストするという点で、同期型のメディアです。たとえば「力道山」でも「紅白歌合戦」でも「巨人戦」でもいいのですが、このマスメディアの同期性によって、テレビを「お茶の間」で見るということが、そのまま「日本人全体がこれを見ている」という一体感(シンクロ感)に繋がっていたわけですね。
これに対してインターネットの出現は、テレビや新聞のように、「みんなが一斉に同じタイミングで、同じコンテンツを見る」という体験のシンクロ性をばらばらに解体してしまいます。インターネットは、電子メールにしてもウェブサイトにしてもそうなのですが、基本的に自分の好きなときに自分の都合でコンテンツにアクセスできる、非同期型のメディアなのです。
このことが、特にテレビが社会の中心にあった世代の人々に、ネットの出現は社会にとって何かネガティブなものだと感じさせているのかもしれません。ネットは非同期型のメディアなので、皆がいま何を見ているのかがよく分からない。だから、社会の一体感や透明感のようなものを失わせるように感じさせてしまうわけですね。
しかしその一方で、ネットの出現によって人々の行動がばらばらに拡散するのは「よいこと」だと考える人もいます。現代人はみんな忙しくなって、興味関心も多様化してばらばらになった。みんながみんな巨人が好きなわけじゃない。だから、自分の都合のいい時間に、自分好みのコンテンツを視聴できるオンデマンド型=非同期型のメディアがいい、という主張です。
また最近では、テレビもHDDレコーダーやYouTubeを通じて見る人が増えている、といわれますね。これについてメディア業界や広告業界の人たちは、「テレビCMがカットされてしまう」という点を問題にしますが、より本質的なのは、これは「同期」型のメディアだったテレビが、「非同期」的に消費されていく、という視聴体験の変化を意味しているということです。
このように、インターネットやHDDレコーダーなどの出現によって、基本的に現代のメディア環境は非同期型中心にシフトしつつあると考えられてきたわけです。
ただ、非同期型メディアにも弱点がある。それは、非同期型だとコミュニケーションチャネルが膨大に細分化してしまうので、どこで何が盛り上がっているのかが見えにくくなってしまうという問題です。それは同期型のメディアのように他の人と同じものを見ているというシンクロ感を得にくい。、だから孤独に耐えられるか、よっぽど自分の趣味の体系を確立した人でないと、非同期型=オンデマンド型のメディアだけで満足するのは難しいということなんですね。しかし、すべての人があらゆるジャンルにおいて、そういうタイプの人になれるわけではありません。
こういった状況下で登場したのがニコニコ動画でした。ニコニコ動画のユーザーは、基本的には非同期型のHDDレコーダーを使うように、自分の好きなタイミングで自分の好きな動画を見ることができる。しかし動画上にコメントが流れることで、まるで他の時間に動画を見ていたユーザーたちと同じ場所で、いっしょにわいわいがやがやと動画を見ているような感覚が得られる。それはかつてテレビの時代に共有されていたような、「お茶の間のシンクロ感」を再現しているようなものです。いうなれば「バーチャルお茶の間」といったところでしょうか。
つまりニコニコ動画の「擬似同期性」というのは、マスメディアの同期性とインターネットの非同期性の「いいとこ取り」になっているわけです。そしてこのように考えると、ニコニコ動画が出現し、いま急速に成長しているという事実は、「マスメディアとインターネットの対立」という従来型の図式自体に再考を迫っているのではないかと思います。
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