澤田 ハウジング部には一般的にプラスチックが使用されますが、企画陣、技術陣ともに何の迷いもなく木で行くことに決めました。
木というのは振動板も含めて非常に手間のかかる工法なんです。簡単にプラスチックを使う方法もあります。でも、やはり音をよりよくできる木でいきたかった。ドライバーユニットはとてもいいものができたと聞いていたので、ハウジングでも、いい音を狙ってくれという話をしました。また、ハウジングを木材にすることで、木の自然なイメージをお客様に伝えやすくなるとも考えました。
伊藤 スピーカーでは、木の筐体は当たり前ですよね。プラスチックでは、音の味付けや鳴りが悪いんです。音質ということを考えると、木の優位性は明白でした。しかし、インナーイヤー型ですから、外での使用がメインとなる。そうなるとアウトドア対策、とくに雨に対する対策が必要になります。木は膨張もするし、水も吸う。さらに削ったときの精度も出しにくい。本当にできるのだろうかという不安もありました。でも、技術屋としては、チャレンジしたかった。
伊藤 天候に簡単に影響されたり、カット面が斜めになるなど精度の悪い素材を使っては音の出る商品になりません。こうした条件をクリアする素材として吟味していった結果、くしくもウッドユニットと同様の樺材を使用することとなりました。精度と環境といった要因で選んだ素材でしたが、ドライバーユニットとの音の相性もよかったですね。
澤田 パーツも構造も納得のいくものができた。この組み合わせならば「原音再生」という製品コンセプトを十分に実現するだろうと。
伊藤 しかしここからが最大の山場でした(笑)。企画側から提出されたのは、響きや余韻を再現するヘッドホンでした。企画が持っている思い、技術が持っている思いというのをいかに具現化できるか、チューニングは試行錯誤の連続で……。
低域については、素材そのものの良さが発揮され、振動板の響きはリニアに出ました。あえて低域を強調することもなく、素直に音として出す方向でチューニングを施したんです。しかし、低域を出したり、中域を出すということをやっていると、今度は他の部分がマスクされてしまう。
原音追求という目標からすれば、隠れたり、被さったりする音がないよう、音がこもらずに気持ちよく聞こえるように配慮しなければなりません。その過程で、ブラスリングにアンカー、ダンパーや吸音材といった様々な音調部品を加えていきました。
伊藤 ドライバーユニット、後ろのハウジングが基本で、それ以外は音のチューニングの必要性で増えてきました。これらの部品はなくても商品として成立するんですが、“音をよくする”ために盛り込んでいきました。どのパーツも専用の形、部品デザインを新たに起こし、妥協のない音作りを目指しました。
澤田 煮詰めていく段階で、技術陣と企画陣が一緒になって音を評価する機会を持ちます。もちろん1回でOKになることはないですね。余韻とか広がりを共通ワードに何度もキャッチボールしながら、作り上げていきます。
私が聴いていて、伊藤が聴かない音楽などもありますから、この曲だと、こういうところが出ていないんじゃないかなと思ったときには率直に意見交換しました。私たちも、音作りに責任をもつ、いちユーザーとしてこうしてほしいと思った部分を技術に伝えてやりとりしていました。
伊藤 音を調整するために、一部のパーツに変更を加えると、当然響きも変わってきます。するとすべての部品で調整が必要になる。10m離れて聴く一般的なスピーカーと違って、何㎜先で鳴っているのがヘッドホン。ちょっとした調整で音が如実に変わってくるんです。
あらゆるジャンルの局で、パーツを調整するたびに何度も何度も聞く。この繰り返しで、1歩ずつ狙いの音に近づけていくんです。
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