いい技術とは何か--日本人学生エンジニアの激論160分(前編)

佐俣アンリ、文:田中誠2008年01月16日 18時54分
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 2006年1月の「ライブドアショック」を契機に、国内IT産業の凋落が指摘されて2年が過ぎようとしている。新興市場の低迷も止まらない。

 そんな中、指摘され続けているのは真の技術力を持ったテクノロジー系ベンチャー企業の登場だ。しかし、国内IT産業におけるこの逆境を突き抜けるだけの企業も技術も、今の日本には存在しないとする声は多い。

 かつては「技術立国ニッポン」とまで言われた日本。そんな日本の技術力の将来を託される若い技術者たちは今、何を思っているのか。また、技術立国ニッポン復活の条件は何なのか――。

 「いい技術とは何か」をテーマに、技術者志望の学生たちで行われた座談会は、160分にもおよぶ激論となった。司会はIT業界を軸に日本のベンチャー業界を研究する佐俣アンリ氏(慶應義塾大学5年生)が務めた。

人類は今、情報共有がすごくヘタ

佐俣氏 慶應義塾大学5年生の佐俣アンリ氏

佐俣:今日はいろいろな道で活躍されている若い技術系の方々に、今の日本のITについてどう思っているのか、今後その中でみなさんはどうされていくのか、そのあたりを率直にお伺いしたいと思います。

 ではまず、自己紹介からお願いします。

原田:東京大学計数工学部3年の原田と申します。最近はVCでインターンをやらせてもらっていて、IT投資に関する市場調査などをやっています。大学では数理モデルや計算機を使ってシステムをどう作るかなどを勉強しています。個人的には技術経営に興味がり、技術をベースにした経営論を追求していきたいなと思っています。

大倉:東京大学情報理工学系研究科、修士2年の大倉と申します。コンピュータを使えば人力では処理できないないような大量のデータも扱えるというところに興味があります。そういう観点からWebデータのマイニングを始めとしたデータ処理に興味があって、最近、日本中のブログを集めて分析するサービスを未踏ソフトウェア創造事業でリリースしました。この春からは、いわゆる外資系IT企業に就職する予定です。

 人類って、今はすごく情報共有がヘタだと思うんです。

大倉氏 東京大学大学院2年生の大倉務氏

 たとえば医療にしても、最先端の研究をしている世界のどこかではその病気の治療法を知っているのに、町のお医者さんはその病気が治せないと思っていたりします。本当に難しくて人類にはできないことなら仕方ないですが、どこかの誰かにはできるのに、情報共有ができていないせいで、別の場所では不可能になってしまうのがすごくもったいないと思うんです。

 その情報共有を少しでも広く行えるようにすることが人類全体の幸せ度向上に繋がるんじゃないかと考えているので、それを目指していきたいと思っています。

西川:Preferred Infrastructure(プリファードインフラストラクチャー)というベンチャーを経営している西川と申します。2007年の3月に東京大学大学院の情報理工学系研究科を卒業しましたが、在学中から会社を設立していました。

西川氏 Preferred Infrastructure代表の西川徹氏

 僕は小学生の頃からコンピュータと過ごすような生活で、当時はお金もないので紙に書いてプログラミングをしたりもしてました。その頃からコンピュータの可能性を感じていて、将来はコンピュータを使って世界を変えていきたいなと思っていました。

 そんな時に大学院で良いメンバーに恵まれて、このメンバーで何かコンピュータを使った仕事ができたらいいなと思って起業しました。

 今はメインで検索エンジンのコア部分を開発していて、それをいくつかの会社さんに導入してもらってます。今後は検索エンジンだけでなく、インターフェイスを含め、人と情報をいかにうまく結びつけるかということを深く追求していきたいと思ってます。

優秀な仲間ありきの起業

佐俣:原田さんはフリーのエンジニアとして仕事を受けていたりした時期もありましたが、今後は起業とか就職とか、何か考えていることはありますか?

原田氏 東京大学3年生の原田惇氏

原田:西川さんの路線に近いですね。技術的に面白くて自分たちのモチベーションに合うところをやっていくとか、受託をしないとか、自分もやってみたいと思っていたんですが、なかなかうまくいかなかったんです。なので、そのあたりはすごく羨ましいと思いますし、そういう方向に進みたいと思いますね。

 それをやる上での問題点も、ここ1〜2年フリーでやっていたので気づくことがあって、経営で行き詰まりそうな点がいくつか思いつきます。それで先ほど言った技術経営論を学んで実践できればいいなと思ってます。

佐俣:西川さんが会社を作るキッカケは何だったんですか?もともと受託などもされていたんですか?

西川:いや、ベンチャーで3カ月くらいバイトした程度ですね。

 ただ、プログラミングのコンテストなどで京都大学のメンバーと仲良くしていたり、同じ学科でも優秀なメンバーと知り合うことができたりして、せっかく出会えたのにこのまま就職して別れてしまうのはもったいないと思うようになったんです。それで起業という道を考え始めました。

佐俣:西川さんの会社の方はどこの企業からも誘いがあるような優秀なメンバーばかりで、普通に考えるとまずは就職して、それから起業という道を選びそうですが、なぜリスクが多いとも思える起業をすぐに選択されたんですか?

西川:僕の性格からして全部自分でやりたいというのもありましたね。ですから、就職しようということもあまり考えていませんでした。リスクに関しては学生の時に起業しているのでそれほど感じたことはありません。とくに大学院1年の時に起業したので、1年間かけて収益を生み出せればいいという感じでした。

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