ビットバレーの創始者「ネットエイジグループ」が、マザーズ上場を通して見ているものとは?

インタビュー:西田隆一(編集部)
文:坂本和弘
2006年10月12日 23時21分
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 今の大学生や新入社員に「ビットバレーとは何か?」と質問して、的確に答えられる人が果たして何人いるだろうか?

 ビットバレー(Bit Valley)とは、90年代後半にインターネット関連のベンチャー企業が集中した地域としての渋谷を指す造語。「渋い:bitter」と「谷:valley」と、米国のシリコンバレーをかけて名付けられた。

 ネットエイジ社長の西川潔氏やネットイヤー社長(当時)の小池聡氏らが呼びかけ、このビットバレーを中心に多くの若いIT起業家が集結。一時期はその新しい起業家の集団の存在とライフスタイルなどを多くのマスコミが取り上げるまでになった。しかし、西川氏らの初心と異なり、ビットバレーは多くの人たちが群がるファッション化した場となり、そこに米国初のネットバブル崩壊が直撃。志と行き場を失ったビットバレーは、次第に収束していった。

 それが2006年。ビットバレーに足繁く通った起業家たちが、Web 2.0やナナロク世代などといったキーワードとともに、再び表舞台に姿を現し始めた。そして、ビットバレーの創始者である西川氏が社長を務める、ネット関連事業のネットエイジと投資・育成事業のネットエイジキャピタルパートナーズを軸とした純粋持株会社であるネットエイジグループもまた、2006年8月30日、東京証券取引所マザーズ市場に上場した。

 1998年の創業以来、ネットビジネス界に才能ある若者を数多く送り出し、インターネット関連事業とファイナンス・インキュベーション事業の二本柱を軸に、優良なネットビジネスを次々と生み続けるネットエイジグループ。同社社長の西川潔氏は、今後の戦略についてどのように考えているのだろうか。

--なぜこのタイミングで上場されたんですか?

 よくこの手の質問をされるんですが、別にタイミングを計って今、というわけではありません。粛々と準備をし、東証の審査手続きが終わって承認が降りたから上場しただけ。mixiの上場にあわせて上場したと思っている人も多いようですが、それは偶然に過ぎません。

画像の説明 ネットエイジを「起業家輩出企業」と語る西川潔氏

--西川さんは起業された1998年頃からネットビジネスの分野において活躍されていますが、その途中かなり厳しい時期もあったと思いますが、その頃のことについてお聞かせ下さい。

 2000年の夏頃にネットバブルが急にはじけ、2003年くらいまで冬の時期がありました。ただ、環境的には厳しかったかもしれませんが、僕自身は特に心配していませんでしたね。

--というのは?

 その頃は、高くて遅いダイヤルアップ接続というネット環境をユーザーが我慢して使っていた時期でした。しかし、2002年あたりから、一気にブロードバンドの時代にシフトしましたよね。僕は、そのような環境になったら、必ずインターネットの世界は放物線を描くようにして需要が高まり、そこでモノを買ったり、予約をしたりといったアクティビティが強まっていくのは間違いないと確信していたんです。

--当時、ネットバブルの崩壊とともにインターネットビジネスはしぼんでいくかもしれないという思いもありましたが、確かに2003年あたりから復活の兆しは感じましたね。

 99年頃はいわゆる「ドットコム」。すなわち、消費者向けビジネスはダメだと言われていたんです。それよりはB to Bの方が有望だと。ところが、実はそうじゃなかった。もちろんB to Bがダメだというわけではありません。つまり、ネットという安価で双方向のコミュニケーション回線をほとんどの人が操作できるという時代が来るということを、当時の人には読めなかったんでしょうね。そこを読めたかどうかの差は大きいと思います。

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