監査人が見たライブドア事件の舞台裏:後編 - (page 4)

構成:西田隆一(編集部)
写真:梅野隆児(ルーピクスデザイン)
2006年06月22日 13時20分

小池:それで次はどういう道を?

田中:M&Aの世界は大学の頃からあこがれていたんです。そういう本を読んでいたこともあって、いずれは自分でやりたいというのがどこかにあったんですよね。M&Aの世界をのぞいてみたいというので、監査法人を辞めて大和證券SMBCという所に行きました。

 そこでいろいろやりましたが、その時はマーケットでM&Aが動いていたので、いろいろな経験もできましたと。それでやっぱりおもしろいよねと。

小池:それは2000年頃ですか。

田中:そうです。けっこう、破綻型M&Aが多かったんですよ。マイカルだとか大型の倒産案件があって非常にやりがいのあるディールだったんですよね。

 大和證券SMBCというのは、米国のブティック型の投資銀行のラザードと提携しながら、国境を越えた取引なんかもやっていたんです。そうすると、何となくユダヤ人の世界が見えてくるわけです。もともと投資銀行の発祥もユダヤ人ですよね。ユダヤ人の世界を見てみたいというのがあって、UBSウォーバーグに移りました。それが2002年です。

小池:では、2年間ぐらい大和證券SMBCでやっていたんですね。それで、ユダヤの世界はどうでしたか。

田中:多分、本当のところは見ていないんだと思います。しょせん東京支店なので日本人中心ですから、ユダヤの世界を見たかどうかは疑問ですが、投資銀行、コーポレートファイナンスの世界にいる人がみんなすごく優秀なんです。大和證券SMBCも優秀でしたけどもね。ただ、考え方とかお客さんのとり方はやっぱり違っていました。

一度は起業も考えた

小池:それでUBSを辞めてそろそろ起業したいという感じになってきたんですか?

田中:そうですね。投資銀行では、僕の周りは本当に尊敬できる人ばかりだったので、別に何かそれで不満があったとかいうことではなくて。

小池:キャリアデベロップメントの一環として、いろいろな経験をすると。

田中:そうですね。十分見たと偉そうなことを言える状況でもありませんでしたが、やっぱりUBSにいる間にいろいろなベンチャー起業家と会って刺激を受けるわけです。もともと自分がやりたいと思っていたのはこういう世界だよなと思って。

小池:どんな起業をしようと思ったんですか。

田中:笑われますが、当時はお花屋さんをやりたかったんですよ。人間の本能の部分が一番自分がやっていてもおもしろいし、お客さんに提供してもおもしろいんじゃないかなと。食べておいしいとか、見てきれいだとか、感動するとか。花もそうなんです。見てきれいだと思う。なぜか知らないけど置いてあると、何か落ち着くとか、部屋の雰囲気が締まるとかありますよね。けっこうおもしろいなと思っていました。ただ、いろいろ障害があって、そのときにはなかなかルビコン川は渡れなかったんですけどね。

小池:とりあえず、そこからすぐの起業は待って、それで港陽監査法人につながると思うんですが、久野さんを紹介されたんでしたっけ?

田中:そうですね。彼はもともとKPMGグループのOBで、KPMGの人を間に一人挟んで紹介されたんです。会計士というのは頭の堅いというか、凝り固まったみたいなイメージがありますよね。だけど1回会ってご飯を一緒に食べたんですが、すごくリベラルだし、考え方も柔軟だし、いろいろなおもしろいことを考えているんです。この人と一緒に仕事をしたらおもしろいかもしれないと思って、ベンチャーのサポートを一緒にやりましょうという感じだったんです。

小池:それで引きずり込まれたわけだ。

田中:そうですね。

小池:そういう縁でもう一度、港陽監査法人で会計士となって、その中でベンチャー部門みたいなものを作ったんですよね。いろいろな意味でこの期間、実際にベンチャーに触れて……。KPMGのときは、どちらかというとベンチャーというよりも大きな企業が多かったんですか。

田中:そうです。重厚長大の大きな所が多かったですね。

小池:ベンチャーの監査、サポートをしてどうでしたか。ライブドアでいろいろ幹部に会ったでしょう。

田中:影響力というとお客様にとって失礼な言い方ですが、やっぱり重厚長大の大きな会社を監査しても、はっきり言って何も影響力はないんですよ。だけど、ベンチャーのお客さんの場合は、ベンチャー企業がお客様ではなくて経営陣がお客様なんですよね。だから、すごく恩着せがましい言い方ですが、自分はベンチャー経営者のメンターになろうと思ったわけです。

 なおかつ、私はもともと自分の好きなことをやりたいと思っていたんですが、会計士とか監査人にまったく未練がなかったんです。だから、ライブドアで思い切ったこともできたというのがあるんですけどね。いろいろな経営者の方に勉強させて頂いた面がすごくあって、おもしろかった部分でした。

小池:今回のライブドア事件で港陽監査法人は事務所を閉めるんですよね?

田中:6月末で閉めます。

小池:それで次は何か考えていますか。

田中:今は、具体的には考えていないんですよ。そこは情けないところなんですが、今は事後処理がけっこうあって、あとはライブドアの再生に向けてお手伝いをさせて頂く部分もあります。

 私自身はライブドアに縁があって、やっぱりこれも何かの縁だと思いますし、正直に言って、堀江さんとか宮内さんに対して「大変な目に遭わされた」というような変な感情はないんです。

 むしろ、良い会社にもっていきたいと本当に思って取り組んでいたし、結果的にライブドアを守れなかったことに関しては自分が至らなかったと思っています。経営陣が刷新されて平松(庚三)社長以下皆頑張っているので、しっかり再生してほしいという気持ちがありますし、そこはちゃんと見届けたいというか、協力できるところはちゃんとやりたいというのがあります。それが終わらないと気持ちも落ち着かないので、それをやりながら次を考えようかなと思っていますけどね。

小池:今回のライブドアの件なんていうのは、確かに経験をしようと思ってもできるものでもないと思います。もちろん家族も含めていろいろな目に遭っただろうし、今日の話を聞いても全く潔白で、逆にそれを直そうとして努力していたところからすると、ライブドアがこれで済んだのは田中さんのおかげというところもあるかもしれませんね。2005年以降もエスカレートしていたら、もっとすごいことになっていたかもしれないからね。

 ご自身もすごく闘いながらも、ある意味で港陽監査法人にいるだけで、起訴された人たちと同じように見られたら不本意だと思うし、本来ならもっと堂々と「こう言われているけど、それに歯止めを掛けるためにこんな努力をしていたのだ」と胸を張りたいだろうと思うんだよね。今回こういう非常にデリケートな時期にインタビューに応じてくれたことには非常に感謝していますし、その勇気には感服します。

 ぜひ、高校・大学でラグビーであこがれて目標とした人みたいに、文武両道の起業家としても成功してほしいと思います。

田中:頑張ります。

小池:いろいろな経験をした人のほうが絶対に大きく育つし、これからの若い起業家が田中さんにあこがれて目指せるような。偶像のアイドルではなくて、しっかり地に足を着けた目標になるような起業家になってもらいたいと思います。頑張ってください。

田中:ありがとうございます。

アントレプレナーへの言葉--小池聡

 田中さんは高校から社会人までずっとラグビーに打ち込んでいたラガーマン。体育会系で叩き込まれた精神力と倫理観・正義感はラグビーを辞めた今も持ち続けているようです。ここ数年の付き合いの中で「曲がったことは大嫌い」「頑固なまでに信念を貫き通す」という姿を見てきました。

 実は、起業家にとって一番大切なことは、「自分の事業にかける思い入れを自分自身が洗脳されるくらい信じて、それをひたすら実行する」ことです。起業して事業を成功に導くことは並大抵の事ではありません。毎日のように沸き起こる様々な問題や事業上の壁を相当の精神力を持って乗り越えていかなければなりません。その過程では自分が進めている事業の方向性に迷いが生じるかもしれません。しかし、迷ってスピードを緩めた時点でマーケットから置いていかれてしまうのも事実です。

 もちろん市場環境の変化や競合の出現などによって事業計画を修正していかなければならないことも多々あります。事業の舵取りを大きく方向転換することも必要になってくるかもしれません。しかし、それも修正や方向転換をディシジョンした時点で、その方向が正しいという自信と思い入れをもって取り組んでいかなくてはなりません。

 米国のアントレプレナーやベンチャーキャピタリストがよく遣う言葉に“enthusiasm“という言葉があります。この英語は「熱中」「熱狂」などと訳されていますが、ベンチャーキャピタリストは、アントレプレナーが自分のアイデアやスコープをどれだけ「熱狂的に」信じているか、どれだけ思い入れをもって「熱狂的に」事業に打ち込んでくれるか、を投資の判断にします。 “enthusiasm”はギリシャ語の“en + theos”(in + god)という語源から来ているそうです。つまり本来この意味は「神の内にある」すなわち「神がかり」状態を意味します。神がかり状態になるくらい事業の成功を信じて打ち込まなければ成功しないということです。

 ライブドアの堀江さんも宮内さんもオン・ザ・エッヂの時代からお付き合いがありましたが、両名とも小さなベンチャー企業の時代から「熱狂的に」「自分の事業の成功を信じて」ビジネスに取り組んできたのだと思います。その意味では、まさに盲目的に「神ががって」突っ走っていたのかもしれません。 しかし、その方向が間違っていたとわかった時には、素直に方向を転換する勇気と決断も必要です。田中さんの話を聞くと、監査人として彼らに何度となく、その方向転換のチャンスを与えていたようですが、彼らの「神がかり」の洗脳度合いが強すぎたのかもしれません。

 その意味では、堀江さんも相当な“enthusiasm”を持ったアントレプレナーなのだと思います。堀江さんの功罪の功をクローズアップすれば、日本の起業家経済を活性化させた貢献度は非常に大きいと思います。年齢的にもまだ若いし、自身がこれから次の起業にチャレンジすることも可能です、また、これまでの経験を生かして次世代の起業家を支援することも意義のあることです。本人に罪の意識があったかどうかはわかりませんが、これだけ世間を騒がせた会社の代表取締役としての責任は免れないでしょう。洗脳が解けた今、男らしく責任を素直に認めて、再出発することを期待します。

 田中さんはどちらかというと火中の栗を拾いに行った被害者とも言えますが、今回の事件を契機に会計士の資格を自主的に返上し、自ら退路を断って再出発を図るそうです。信念と“ enthusiasm ”を持った田中さんの起業家としての出発を期待します。

小池 聡

iSi電通アメリカ副社長としてGEおよび電通の各種IT、マルチメディア、インターネット・プロジェクトに従事。1997年にiSi電通ホールディングスCFO兼ネットイヤーグループCEOに就任。シリコンアレー、シリコンバレーを中心にネットビジネスのインキュベーションおよびコンサルティング事業を展開。1998年にネットイヤーグループをMBOし独立。1999年に日本法人ネットイヤーグループおよびネットイヤー・ナレッジキャピタル・パートナーズを設立。現在、ネットエイジグループ代表取締役、ネットエイジキャピタルパートナーズ代表取締役社長などを務める。日米IT・投資業界での20年以上の経験を生かしベンチャーの育成に注力。

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