まず、もっとも直接的に影響を受けるのは、既存の音楽配信事業者だろう。ただし現在のところ、各社はiTMSの参入によって音楽配信市場が活性化すると期待する。
例えばMoraを運営するレーベルゲートは、「市場における音楽配信の存在感が高まると考えており、アップルの参入は歓迎している」と話す。また、オリコンも「特に、アーティストの音楽配信への志向性が高まることなどによって、レコードレーベルとプロダクションとの配信に関する著作権関連の交渉が前進し、当社サイトでの配信可能楽曲が大幅に増加することが期待される」というコメントを発表している。
実際、iTMSに楽曲を提供したレコード会社が他の音楽配信事業者への楽曲提供価格を引き下げるなど、「iTMS効果」はすでに現れている。これに伴って、iTMSのサービスが始まった8月4日前後には、各社が一斉に楽曲の価格を引き下げた(関連記事)。また、CD-Rへの書き込み回数を10回に、ポータブルオーディオプレイヤーへの転送回数を無制限にするなど、iTMSとほぼ同じ条件にしている。
iTMSの場合、楽曲のフォーマットがAACのみであることから、他の配信事業者はiTMSと共存できると見ているようだ。既存の配信事業者の多くは楽曲フォーマットをWMA(Windows Media Audio)またはATRAC3にしており、対応するポータブルオーディオプレイヤーが異なる。
「iPodを持つユーザーはiTMSを利用するが、それ以外のユーザーはMoraなど他のサービスを利用する。持っているポータブルオーディオプレイヤーに応じた住み分けが起きるだろう」と配信事業者の1人は話す。
NRIの北林氏は、iTMSの登場で音楽配信市場の成長が加速するとみる。NRIが1月に発表した音楽配信市場予測では、同市場の規模は2004年度が80億円、2005年度が190億円、2009年度は880億円になるとしていた(なお、この数値には携帯電話や据え置き型の情報端末を利用してダウンロードするものも含まれる)。しかし北林氏は「この数値はiTMSのサービス開始時期を2006年頃とみた場合のものだ。実際には、880億円という数値は前倒しで達成されるだろう」と話している。
では、音楽CD販売への影響はどうだろう。この点についても、音楽配信によってユーザーが音楽と接する機会が増え、結果としてCDの販売増加につながるのではないかと期待する向きが強い。
これは、iTMSで視聴または購入した楽曲を気に入ってCDを買うケースや、逆にiTMSで欲しい楽曲が見つからず、CDを購入するケースがでてくるためだ。
表1.iTMSの累計販売楽曲数と米国における音楽CDの出荷数量の伸び(出典:総務省「ネットワークと国民生活に関する調査」) |
実際、米国の状況を見ると、2003年4月のiTMSのサービス開始と時を同じくして、CDの出荷数量は増加に転じている(表1)。
米国では2000年をピークにCDの出荷数量は減少の一途を辿っており、2003年には2000年比20.9%減の74億5900万枚にまで減少していた。しかし、2004年には前年比2.8%増の76億6900万枚と4年ぶりに前年を上回った。
日本でもCDやカセットテープなどを含むオーディオレコードの総生産実績は1997年をピークに落ち込んでいることから、音楽配信サービスが盛り上がることでCD販売の減少傾向にも歯止めがかかるのではないかという期待につながっているようだ。なお、2004年の国内オーディオレコードの総生産実績は、1997年が4億8070万枚であったのに対して、2004年は3億1268万枚と、最盛期の65%に過ぎない。
CD販売事業者によっては、音楽配信サービスの波に積極的に乗ろうとしているところもある。タワーレコードは8月4日、米Napsterと共同で音楽配信事業に参入すると表明した(関連記事)。2006年4月にもサービスを開始する計画で、iTMSなどと同じ1曲ずつダウンロードできる「アラカルトサービス」のほか、毎月一定額の会費を支払うことで好きなだけ楽曲がダウンロードできる「サブスクリプションサービス」を提供するとしている。
音楽配信サービスが大きな影響を与えるといわれるCDレンタルの市場はどうだろう。特にCDシングルは1枚150円程度で貸し出されていることが多く、価格帯が一致する。音楽配信サービスの場合、CDを返しに行く手間が必要なく、24時間いつでも好きなときに楽曲を購入できることからCDレンタルよりも利便性が高い。逆にアルバムの場合は、レンタルであれば1枚300円〜500円と音楽配信で購入するよりも安いため、引き続き市場が残る可能性は高い。
業界2位のゲオでは、iTMSをはじめとする音楽配信サービスの影響について「現在のところ特に影響は出ていない」と話す。むしろ、iPodをはじめとするポータブルオーディオプレイヤーの普及に伴って、同社のCDレンタル事業は2004年頃から年率15%程度伸びているという。
「iTMSではアルバムの価格がレンタルに比べてかなり高い。また、プリペイドカードが用意されているものの、クレジット決済が中心になる。レンタルCDの場合は(クレジットカードを持てない)中高生が利用することも多く、この点で有利だ。(邦楽の)品揃えもレンタルショップのほうが多い。確かに20〜30代で忙しくてレンタルショップに行けないという人が音楽配信を利用すると思うが、中高生を中心とした若い世代は根強くレンタルCDを利用するのではないか」(ゲオ)とみている。
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