知的財産戦略本部が内閣官房に設置されて久しい。そこでは、アニメやマンガ、ゲームといった日本がまだ比較的競争優位を持っていると信じられている領域について議論されてきた。しかしそれらのコンテンツは、中身そのものは日本で作られたものであっても、制作環境の中で用いられているITツールのほとんどは日本以外で開発された製品なのだ。しかもその制作環境のIT化自体も遅れている。このような状況下では、本質的な競争優位を維持できると考えること自体が土台無理だということがわかってくる。コンテンツだけを議論するのではなく、その産業を取り巻く状況そのものからボトムアップを図る必要があるのだ。
「コンテンツ」そのものしか日本製ではないという現実
私事だが、以前簡単にご報告したように、大学での活動に加えてある会社の代表に就任した。南青山にあるThinkという会社がそれだ。設立して18年にもなる会社の成長戦略を策定し、実践する。すなわち、これまでやってきたウェブソリューション系の事業を強化した上で、アニメやCGといった映像系コンテンツのプロデュースと投資・ビジネス開発という事業を追加し、それらのシナジーを発生させることで企業価値を高めるというのが僕のミッションだ(ちなみに、新しい事業の内容はウェブにまだ反映されていない)。
そんなこともあって、アニメやCGなどの映像系コンテンツの制作工程などをずいぶんと以前から勉強してきた。すると、面白いことがわかってきた。ひとことで言うと、IT化されたツールはほとんど日本製以外のものばかり、ということだ。
アニメといっても、いくつかの種類がある。一般にアニメといわれるものは、セルアニメの場合がほとんどだ。セルという透明なプラスチックに絵をコピーしたものを、背景を描いた絵の上に載せて連続コマ撮りし、それを一気に投影することで「錯覚としての動き」を生み出すのがセルアニメだ。たとえば、「サザエさん」を典型に、現在も制作放映されているTVアニメのほとんどが100%手で描いたものであり、きわめて労働集約的なものになっている。一方、「シャーク・テイル」や「Mr.インクレディブル」など最近のハリウッド系ヒットアニメ映画のほとんどは3Dコンピュータグラフィックス(3DCG)作品だ。それらは、コンピュータの中に仮想的に作り上げられた3次元の空間で「撮影」することによって映像を作り出す。
すなわち、アニメの世界において、手書きが日本では主流で、3DCGがアメリカでは主流だといっていい。その中間に、3DCGを手書きのアニメの中に取り入れた「ハイブリッド」とよばれる作品が存在する。たとえば、「イノセンス」や「ハウルの動く城」など、昨年公開された日本の大作アニメのほとんどが「ハイブリッド」だ。
手書きのセルアニメでは一部分の作業をPCで行うこともあるものの、依然としてITの導入は遅れている。ごく一部で利用されているITツールとしては、描いた絵に色を塗ったりする工程などをIT化したセルシスのRETAS!などが存在する。が、平均年収247万円で全国には4000人もいないアニメーターからなるアニメ産業では十分な市場規模として成立するはずもない(映像新聞平成17年1月17日号参照)。
一方、ハイブリッドを含むCG系では、ITは必須だ。しかし、そのとき利用されているソフトのほとんどが米国製であり、制作されたカットを編集するソフトもやはり米国製ばかりだ。結果、必須のものとして利用されているITツールのほとんどが米国などの外国製品であり、唯一セル系の一部で日本製品が存在する程度なのだ。
このことは、根本的な格差を生み出す。というのもハリウッド系CGが制作の途中でソフトを開発しながら作られていくのに対して、日本では製品化されたものを使うしかないからだ。そのため、映像表現技術で数年ほどの遅れが生じることになっているのだ。
日本製アニメが注目されるといっても、セルアニメや一部のハイブリッドに限定されるのは、その領域におけるこれまでに築き上げてきたクリエイティビティのレベルの高さもさることながら、外国製のITツールに頼っては差別化ができず3DCGには積極進出しても勝ち目がないという理由もあるのだ。すなわち、コンテンツの中のコンテンツ(脚本や設定、あるいは人間が介在せざるを得ない極めて限られた領域)でしか、日本は競争できない状態になってしまっている。そして、そんなコンテンツの中のコンテンツにおいてスタープレイヤーを生み出すことは非常に難しいというのが実際となってしまっている。
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