ディレクターやプロデューサーのためのツールも不在
クリエーターその人が用いるソフトなどのITツールだけではなく、ディレクターやプロデューサー、あるいは脚本家などが利用するためのツールも日本は遅れている。いや、もっと正確に言えば、そういったツールが存在しない状態が長らく続いてしまっており、それが常識化しているのだ。
たとえば、ハリウッドのUSC(南カリフォルニア大学)やUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)、あるいはニューヨークのNYU(ニューヨーク大学)などのフィルムスクールやメディアスクールなどの大学院プログラムでは、クリエーターだけではなくコンテンツをプロジェクトとして成立させるプロフェッショナルとしてディレクターやプロデューサーを養成することに力を注いでいる。それら養成プログラムでは、複雑なプロジェクト管理をより効率的に策定・運営するためのソフトウェアの導入を大前提とした授業が行われている。
というのも、実際の撮影現場では「テイクッ!」と監督が叫ぶ前にカメラの前に差し出されるカチンコに、時間やシーンタイトル、テイク数などがすべてデジタル表示されている。それらのデータは、監督の横に常に控えるアシスタントが抱えたノートPCに連動している。そのPCの中で稼動している制作工程予算管理ソフトにはこれまでの撮影で費やされたさまざまな費用がリアルタイムで集計されており、「あと1リテイクすると、×××ドルが費やされ、予算オーバーする」ことなどが一目瞭然でわかる。また、スケジュールの変更などが及ぼす影響がすぐにわかるような、プロジェクトマネジメントソフトの機能を持っている場合もある。結果、ディレクターは、自身のクリエイティビティと予算などのバランスを取りながら、優れた映像表現を実現することが求められるのだ。
日本では、監督のクリエイティビティがすべてに優先され、予算やスケジュールなどは常に変更され続けていく。そのため、クランクアップの日程はどんどん先に伸び、予算がオーバーしていくことは日常茶飯事だという。もし制作進行担当が監督に予算オーバーであることを警告などしたら、とんでもないことになるというのが日本の常識なのだ。
ここでは、映像コンテンツは「芸術」であり、プロジェクトマネジメントなどという感覚はきわめて低い。「アート」として映像コンテンツは取り扱われるのが常識で、そのため「(当たるのは)千に三つ」とか言われ、挙句の果てに「予算はあってなき」ことが美学として思われてきたところが強い。そんな世界では、ITを用いたプロジェクトマネジメントツールなどが必要とされることはほとんどなかったに違いない。
ツールを使うことの拒否感
ほかにもハリウッドなどの現場では、さまざまな「プロダクティビティツール」と呼ばれるITツールが存在する。例えば、長い映画のシナリオを作成する脚本家を支援するためのツールとして開発されたものや、撮影用の絵コンテなどを分析して顧客の心理的な動きなどを予測評価するものまであるという。
そんなツールに頼っていては、どんな作品だって似通ってしまうのではないかという指摘もある。しかし、ツールはツールであり、クリエイティビティとは関係はない、という発想もあろう。
映像コンテンツではないが、米国では「ニュー・ロスト・ジェネレーション」という創造的文章術専攻大学院修了者が多い文学者のグループが存在する。ジェイ・マキナニーやジョン・アップダイク、ブレット・イーストン・エリスなどが属するとされるグループだ。米国の大学院の講義で聞いたうろ覚えの知識では、彼らに共通することは文学といえどもテクノロジーが重要なのだという認識だ、という。ただ、テクノロジーといっても取材や題材の整理を行うための「効率を高めるためのテクニック」としてのテクノロジーであり、ITそのものではない。しかし、それらのテクノロジーは通常非常に時間のかかる作業を効率的に処理することで、本来的な文学的創造に自分自身の時間を集中することが可能になるのだ。そして、それらのテクノロジーの存在と利用法を教えてくれるのが創造的文章術専攻だったのだという。
であれば、映像コンテンツ制作の現場で、あるいはクリエーターの制作環境で、ITがどんどん使われていくことに対して、積極的な肯定とまでは行かないものの、あえて拒否することはできなくなってくるはずだ。なぜなら、純粋に芸術的な行為に集中するための手段であると理解すればいいのだから。
しかし、残念ながら日本では、先に示したアニメの現場を典型に、ITも含めたテクノロジーの導入は遅れているのが実際だ。むしろ、そんなものを入れないことが美しいとさえ依然として考えられている。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」