「信じたい心」を増幅するネットワーク - (page 2)

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素朴科学・疑似科学

  同じような事象は、上で掲げたバラバシの『新ネットワーク思考』で取り上げている「べき乗則」(ごく少数の上位プレーヤーが圧倒的なパワー(度数)を有し、それ以外は小さな度数の多数のプレーヤーが大量に存在するというもの)でもみられる。ネット上では時として短絡的な解釈が行われていることが多い。

  べき乗則については、以前のコラムでも少し取り上げていたり、CNET Japanの渡辺聡さんのブログでも時折言及されたりするトピックだ。僕や渡辺さんも参加されているひできさん主宰のGREE上のコミュニティ「べき乗の法則とネット信頼通貨を語る夕べ!」のほかに、mixiなどでもいくつか同じようなトピックについてのコミュニティができているようだ。もちろんこれらは僕も含めて素人の集まりで、決して専門家の集うものではない。だからこそ、そこに参加されている皆さんのお話を聞いていると、「べき乗則」や「小さな世界>6次の繋がり」のようなロジックが使われる傾向にあることが分かる。

  ミルグラムの説の場合、まず「小さな世界」とラベリングされた理論があることを知り、その内容が「6次の隔たり」ということだと文字通りに解釈する。次に、例えばGREEの中で自分の頭の中では繋がらなかった友人同士が実は知り合いであった、といった自身の経験を参照し、もしかしたら「6人を介すれば世界は繋がる」んじゃないかという仮説をそのまま実証として捉えてしまうことになる。

  同様にべき乗則、すなわち「ごく一部の要素に(ある視線で測られた)ほとんどの度数は集中し、それ以外の要素は極めて小さな度数しか得られないという現象は、べき乗目盛りで直線として描くことができる」という現象も様々なところで見つけることができる。

  このべき乗則も、数学的な記述が可能になってくると、がぜん科学的な「理論」として扱われる傾向が強まる。単なる言説であればマーフィーの法則のごとき扱いであろうが、それに何らかの根拠があるように語られると、ずいぶんと違ったとらえられ方がされるようになる。一種の社会的勢力の影響なのであろう。

  そして、その「理論」を解釈して作った自分の「型紙」で自身の周囲などを眺めなおすと、あら不思議。これまで気付かなかった出来事の間に関係性が浮かび上がってくるではないか。Blogの有名人も、この理論を元に世界の関係性を3つのカテゴリーに分類して議論しているようだ。

例えば、べき乗則にまつわる議論としてあげられるのが、ロス・メイフィールドのコレ。彼は「ネットワークのエコシステム=ヒトの理論的な群サイズ」という人間社会にとって最も適した群の大きさを示すモデルとして「ポリティカル・ネットワーク」「ソーシャル・ネットワーク」「クリエイティブ・ネットワーク」という3つのレイヤーを0から巨大までのさまざまなサイズのネットワークから任意に抽出している。だが、それぞれのレイヤーの間には選ばれなかったサイズのネットワークがあるため、彼の分類では本来、世界は5〜6のレイヤーから成立していることになる。その中からなぜ3つのレイヤーのみが注目されたかがミソであり、それを説明することが大切なはずなのだが、その理由は一切語られていない。その結果、メイフィールドのモデルは実質何も語っていないのに等しいといわれても仕方ないことになる。

  だから、自分の経験からいっても、この「理論」は正しい。ゆえに、世界のほとんどの出来事はこの「理論」に支配されている・・・。厳しく言ってしまうと、正しい判断をしていく上では、このような認知は「素朴科学」や「疑似科学」として退けられるべきものだ。

拡大解釈と選択認知

  「小さな世界」やべき乗則の周辺で発生している素朴科学や疑似科学としての理解や解釈の素となる要素は、実は僕たちの日常的な思考の中に組み込まれているものだ。

  僕らの心のメカニズムは長い時間をかけて形成されてきており、生きるため必要な手段を取り込んだ仕組みとなっている。自然の中では食べられるものを優先して発見し、それ以外のものは無視するといったことだ。そのため既知のものを優先して認識し、その結果見落としをしてしまうことは致し方ないということになっている。これを繰り返すことで、知っているものについての認知はより強化され、強化された認知によって世界観そのものが形成されていく。

  だが、結果的に形成された世界観は世界そのものではないため、時として矛盾が生じることが出てくる。しかしそんな綻びを繕うために、世界観の再構成などは行われない。むしろ矛盾を正当化するような既存の認知の仕組みを強引に当てはめて、納得感を得ることで問題解決したことにしようとする。

  もし世界観の延長上にあるべきものが見えないときには、既に知っているものの延長で、かつ自分にとって快適なものがあることにして幸福感を得ようとする。これらを拡大解釈とか選択認知と呼ぶことがある。要するに正しいかどうかよりも、自分の内部で齟齬が生じないように慣性が働くのだ。

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