1980年に基本構想が提唱され、1984年より産学協同プロジェクトとしてスタートしたTRONプロジェクト。今年でこのプロジェクトは20周年を迎える。同プロジェクトで開発されたリアルタイムOSのTRONは現在、デジタルカメラや携帯電話など、数多くの組み込み機器用OSとして採用されており、採用端末数は累計で数十億台。商用のリアルタイムOSが約数千円で販売されていることを考えると、「(無料で提供している)TRONは、少なくとも10兆円程度の貢献は果たしたのではないか」と、同プロジェクトリーダーで東京大学教授の坂村健氏は述べる。
TRONプロジェクトリーダーで東京大学教授の坂村健氏 |
いまでこそ坂村氏の考えは多くの賛同者を得ており、TRONプロジェクトの延長上にあるT-Engineフォーラムにも6月1日現在で380社が参加するなど、ユビキタス社会に向けた研究を行うフォーラムとしてはほかに類を見ない規模となっているが、プロジェクト開始当初は「概念先行だと悪口も言われたものだ」と坂村氏は振り返る。「TRONプロジェクトの目的は、当初から“どこでもコンピュータ”、つまりあらゆるモノの中にコンピュータが組み込まれるという世界を想定し、そのための技術を開発することだった。モノに知能が備わるようになるという論文も当時すでに発表している。英語が苦手な私は、今みんなが使っている“ユビキタスコンピュータ”などという言葉は思い浮かばなかったが、概念としては同じだ」(坂村氏)
20年前はひとつの構想に過ぎなかったTRONプロジェクトだが、携帯電話の普及やICタグなどの技術が発展し、ユビキタス社会は現実味をおびてきている。同プロジェクト内でも、ユビキタスコミュニケータという通信機能を備えたデバイスを開発するなど、「実用レベルで情報をやりとりできるものがすでに登場している」と坂村氏。生活空間の中に入るものなので、「普及に至るまでにはセキュリティ面などでユーザーのコンセンサスを得る必要があるが、技術としては基盤が整っている」と坂村氏は強調する。
TRONプロジェクトでは、当時の貧弱なハードウェアに適合するための標準化手法として「弱い標準化」を進めてきたが、ハードウェアの性能が向上したことや組み込みシステムのソフトウェア比重が増大したことで「T-Engineではハードウェアやカーネルを規定し、“強い標準化”を行う」(坂村氏)としている。
「ソフトウェアの開発効率を上げることが組み込みシステムにおける最大の課題だ。出来のいいソフトウェアを作っても、ハードウェアプラットフォームが変わると使えなくなるというのは大きな問題。一度作ったソフトウェアは100年使えるよう、開発プラットフォームを規定する。これで流通ソフトウェアの数は一気に増えるはずだ」(坂村氏)
TRONプロジェクトでは、年間に国内で1000人の組み込みプロフェッショナルを生み出すべく、昨年9月よりエンジニアを育成する活動も行っているという。「世界的に組み込みエンジニアは不足している」と坂村氏はいうが、TRONは世界の大学でもリアルタイムOSの例として取り上げられることが多く、「TRONプロジェクトに参加したい」というメールは世界各国から坂村氏に寄せられるという。さらに、昨年10月にはシンガポールにもT-Engineの開発拠点を設立し、今年3月には韓国RFID協会と、4月には中国の北京大学との協力関係を結ぶなど、同プロジェクトは世界に広がりつつある。「ユビキタス社会実現に向けて最終段階に入った」という同プロジェクトと坂村氏の勢いはますます加速しそうだ。
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