東京大学大学院教授の坂村健氏は14日、パシフィコ横浜にて開催中のEmbedded Technology 2003にて特別講演を行った。講演のテーマは、同氏が会長を務めるT-Engineフォーラムについて。ところが坂村氏は、講演の時間の半分をモバイル市場戦略について熱く語る結果となった。
携帯電話などのモバイルマーケットは、ほぼ飽和状態となっているように感じられる。ところが実際には、思わぬところに大きな市場が残っているのだ。坂村氏が語ったのは、先月ジュネーブにて開催されたITU(国際電気通信連合)主催のITU Telecom World(テレコム世界電気通信展)での感想。同イベントは4年に一度行われているテレコム業界最大のイベントで、坂村氏によると、先進国と発展途上国の通信技術の格差をなくすべく、電気通信技術を紹介するためにはじめられたという。
そこでは展示ブースが国別に並べられており、坂村氏は「日本のメーカーが真面目に技術に取り組んでいることが見て取れた」という。だが、それよりも坂村氏が感じたことは、技術展示会でありながら、イベント会場が営業の館と化していたこと。各ブースには立派な商談の場が設けられ、積極的な売り込み合戦が行われていたというのだ。メーカー自らが発展途上国の見込み客を展示会に招待することもまれではないという。
それはなぜなのか。「通信環境が整っていない発展途上国は、巨大なマーケットとなりえるからだ」と坂村氏。電話のない国は、世界中にまだ数多く存在する。一国というマーケットを手に入れれば、非常に大きなチャンスとなるのは明白だ。
しかも、携帯電話の技術が発展した現在、電話がないからといってまず有線を引き込む必要はないことを坂村氏は指摘する。
東京大学大学院教授の坂村健氏
ただ坂村氏は、「日本人にはそのようなアグレッシブな営業力はDNAとして備えていない」という。「しかし日本人には技術力がある。その方向で攻めていけばいいのではないか。例えばPHSも使い方さえうまく考えればずいぶん便利なものだ。初期投資も少なくて済み、100万円程度で電話会社を設立することも可能となる」と坂村氏。このように同氏は、モバイル機器の市場はまだ広がる余地があると述べ、技術力をうまく売り込んで戦いに挑むようエールを送った。
さて、本題のT-Engineは・・・
思わず海外イベントの話題で夢中になり時間の半分を使ってしまった坂村氏だが、後半ではT-Engineのことについても語りはじめた。その中で同氏がT-Engineのアプローチとして明らかにしたのは、これまで既に述べてきた技術的アプローチに加え、ライセンスについてのことだ。
SCOによるUnix関連のライセンス問題が世間を騒がせていることもあり、坂村氏は近頃ライセンス問題について多くを語るようになった。T-Engineが基本的にオープンライセンスという立場を取っていることは知られているが、GPLのように再配布や改変後のソースコードもオープンにするといった方式は「組み込み機器には向かない」と坂村氏はいう。
「GPLを批判しているつもりは全くない。このようなライセンス方式は情報処理分野で重要な位置を占めるだろう。ただ組み込み分野で採用するのは難しい」(坂村氏)。
では、どのようなライセンスが組み込みシステムに向いているのか。それは、「改造した部分を秘密にすることが可能で、商用の非オープンソースソフトウェアと混在して利用することも可能なもの、そしてバイナリとソースを一緒に流通させる必要がないものだ」という。T-Engineでは、今後仕様を一般にも公開していく予定だが(現在は会員企業にのみ公開している)、一般公開の際には「T-License」という上記条件を満たした組み込みシステムに最適なライセンス方式を採用するとした。
「知的所有権を明確にしておかないとあとでもめることになる。T-Licenseでは、シングルソースという立場で、オープンコミュニティーの不特定多数が持ち寄ったコードとはしない。T-Engineフォーラムが唯一の配布元であり、同フォーラムが責任を持ってリリースする」と坂村氏は説明する。
2002年6月に22社の参加表明で設立されたT-Engineフォーラムの会員は、現在では270社にのぼっている。さらに30社以上が手続き待ちの状態で、「来年には世界最大の組み込み技術フォーラムとなるだろう」と坂村氏。先月にはシンガポールでも、同国政府や大学などの協力の下、T-Engine開発拠点を設立している。
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