Samsungの戦略は、ニューエコノミーの成功原則にことごとく反している。
各社が製造部門のアウトソースを進めるなか、この韓国の巨大企業は自社工場に執着し、新工場の建設に大金を注ぎこんでいる。テクノロジーパートナーから部品を調達するのではなく、グループ内でサプライチェーンを完結させることがSamsungの目標だ。
多くの企業が不安定で供給過剰の半導体・メモリー市場から撤退するなか、Samsungは黙々と投資を続け、しかも黒字を維持している。サービス事業やソフトウェア事業の展開も、コンテンツプロバイダになることもSamsungの目指すところではない。
アジア地域の舵取りを任されているのは東南アジア、インド、オーストラリアの3市場を統括するSamsung AsiaのCEO兼社長Kwang-Soo Kimだ。
シンガポール在住のKimの社歴は26年に及ぶ。メモリー事業部のセールス・マーケティング担当部長、Samsung India Electronics社長を歴任し、インド、ドイツ、ハンガリーでは現地法人のCEOを務めた。中央ヨーロッパでの社長の経験もある。ソウル大学で学び、経営学修士号(MBA)と電子工学の理学士号を持つ。
現在、Kimはアジアの8つの市場をかけまわり、家電事業とIT・通信事業を統括している。
今回のインタビューは「Samsung DigitAll Hope」の準備の合間に行われた。これはSamsungの社会貢献活動の一つで、韓国以外で行われるもののなかではもっとも規模が大きい。テクノロジーの利用を促進し、若者の生活向上やデジタルデバイドの解消に貢献した組織に60万ドルが贈られる。オーストラリア、シンガポール、インド、タイ、インドネシア、マレーシア、ベトナム、フィリピンで実施される予定だ。
「アジア太平洋地域では、企業の社会貢献活動は発展途上の段階にあります。もっと何かができるはずだ、そう思ったのです」とKimはふりかえる。
---アジア太平洋地域のディスプレイ市場の見通しはいかがですか。
「ほかの地域に較べると、プラズマディスプレイパネル(PDP)やTFT液晶ディスプレイ(TFT-LCD)テレビの普及には時間がかかるでしょう。ただし、シンガポールやオーストラリアといった先進国では早い段階で普及が進む可能性はあります。
アジア地域のディスプレイ市場はまだ小さく、これといったブランドもありません。PDP市場についていえば、パネルサイズを問わず、上位プレーヤーのシェアは似たり寄ったりです。
昨年、Samsungは63インチ(当時の世界最大サイズ)のPDPテレビを世界に先駆けて発売しました。世界最大サイズである54インチのLCDテレビをはじめて開発したのも当社です。
また、先日第7世代LCD生産ラインの建設を発表しました。これによって、ディスプレイ製品の競争力は大いに高まるでしょう。新たに採用された1870mm×2200mmのガラス基板からは32インチなら12枚、40インチなら8枚のパネルを生産できるため、生産コストを大幅に抑えることができます。
LCDテレビの需要は急激に伸びています。昨年は世界で150万セットが販売されました。今年は250万台、2006年には600万台にはねあがるでしょう。大型テレビの需要も高まっています。以前は日本で購入されるLCDテレビの70%が15インチでした。しかし、現在は21、24、34、40インチのLCDテレビも店頭に並んでいます。
---他社がSamsungと同規模の投資を行う可能性もあるのではないですか。
Samsungは半導体市場とDRAM市場におけるナンバーワン企業です。半導体については1992年以来一度も首位の座をゆずっていません。LCDの製造工程は半導体と非常によく似ています。
たしかに他社の追い上げはありますが、追いつかれることはないでしょう。Samsungには常に、半年から1年のリードがあるからです。先頭を走りつづけるために、我々はスケールメリットで生産コストを抑え、常に10%から20%のコスト優位を保つようにしています。
ひとつ例をあげましょう。Samsungが第5世代のLCDパネルサイズを採用したとき、LG.Philipsは別のパネルサイズに金を投じていました。つまり、我々の方が少しだけ早く第5世代への投資をはじめたわけです。
(編集部注:市場調査会社のDisplaySearchによると、2002年のLCDパネル市場の世界シェア1位はSamsungで17%、2位はLG.Philipsで16.6%)
このおかげで、Samsungは今、15インチと17インチのパネル生産で優位に立っています。一方、LG.Philipsが選択したパネルサイズは市場標準にはなりませんでした。読みが外れたのです
SamsungはLCDパネル市場でシェア1位を守りつづけています。市場標準となるパネルサイズを見誤ったために、LG.Philipsはわずかに後れをとることになりました。
一方、PDP市場は日本がリードしています。昨年のシェアは日本が60%、韓国が40%でした。しかし、SamsungもLGも生産施設を強化しましたから、この数字は遠からず逆転するでしょう。来年は微妙ですが、2005年には逆転できるはずです。
SamsungはPDP分野でも市場リーダーになるでしょう。グループにはディスプレイの専門会社(Samsung SDIなど)があり、市場を知りつくしているからです。
---現在はどんなディスプレイ技術に取り組んでいますか。
これまではPDPに集中してきましたが、現在は有機ELディスプレイやFED(電界放出ディスプレイ)といった次世代技術にも力を入れています。有機ELはバックライトを必要としないため、従来のディスプレイに較べて輝度が高く、消費電力も少なくて済みます。まさに次世代のテクノロジーといっていいでしょう。現在は携帯電話やPDAに搭載されていますが、ドイツ・ハノーバーで開催される来年のCeBITではさまざまな有機EL製品を見ることができるはずです。
現在の有機ELディスプレイは3〜5インチ程度ですが、我々は10インチの開発に取り組んでいます。いずれは15〜17インチの有機ELモニターを発表できると思いますよ
---LCDディスプレイの大型化が進んでいますが、LCDとPDPのサイズ境界はどこにあると思いますか?
いい質問です!それが分かれば、無駄のない投資ができるでしょう(笑)。
先日、Samsungは今後10年でLCD分野に160億ドルを投資する計画を発表しました。PCのモニターはLCDに移行しつつあります。大画面LCDテレビの人気も上昇中です。今後、LCD市場は急激に拡大するでしょう。今回の大型投資はそれを見据えたものです。しかし、PDPをおろそかにするわけにはいきません。この分野にも多額の投資を行う予定です。実際、3月にはPDPの第2生産ラインの建設に3億ドルを投資することを発表しました。
これまでは40インチ以下ならLCD、40インチ以上はPDPがコスト的に有利と見られてきました。しかし、どちらも技術は向上し、生産コストは下がっています。この結果、LCDとPDPのすみ分けがあいまいになり、同じパイを奪いあう状況が生まれています。
技術の面からいうと、PDPは改善の余地が大きく、輝度でも、消費電力でも、発熱面でも着実によくなっています。長足の進歩を遂げたといっていいでしょう。しかし、LCDも負けてはいません。今のところ、大型LCDの価格は非常に高価ですが、2、3年もすれば手の届く範囲に落ち着くはずです。
---Samsungはネットワーク化された家、いわゆる「スマートホーム」にも積極的に取り組んできました。このプロジェクトに対する意気込みを教えてください。
昨年、Samsungは組織の名称を変更しました。現在、半導体・LCD製品はデジタル・ソリューション・ネットワーク事業部、通信関連機器は通信ネットワーク事業部、一般電化製品とコンピュータはデジタル・メディア・ネットワーク事業部、そして家庭用電化製品や白物家電はデジタル・アプライアンス・ネットワーク事業部が取り扱っています。
新事業部の名称からも分かる通り、Samsungは「未来はネットワークにある」と考えています。ネットワークは我々のビジネスのキーワードになるでしょう。業界全体がその方向に向かっています。消費者のライフスタイルは家庭でもモバイルでも、ネットワーキングを指向するようになるでしょう。
最近、韓国に65〜70階建て、総戸数が約2500の高級複合マンションが建設されました。このマンションにはSamsungのデジタルライフホームネットワークシステムが導入され、ネットワーク経由で主な家電とセキュリティシステムを操作できるようになっています。
我々はこうした先駆的な製品を韓国以外の国にも広めたいと考えています。なかでもテクノロジーの受容度、インターネットの普及率、ライフスタイルがよく似ているシンガポールは有望な候補の1つです。
今回、このような大型プロジェクトが実現したのは、土地がSamsungの私有地であり、施行もグループの建設会社によるものだったためです。このマンションにはSamsungの幹部職員も多く入居しているので、なにか不都合があればすぐに担当者が呼びつけられることになるでしょう(笑)
---スマートホームの住人はどんなことができるのですか。
たとえば、インターネットや携帯電話を使った遠隔操作が可能です。帰宅の1時間前にエアコンや炊飯器のスイッチを入れることもできますよ。
現在、Samsungはコンソーシアムの一員として、シンガポールのIDA (情報通信開発庁)と同様のプロジェクトを進めています。コンソーシアムにはすばらしいメンバーがそろっています。パートナーシップは成功の条件です。いくらハードウェアを提供しても、ソフトウェアはパートナーの力に頼るほかありません。
(編集部注: World@HomeコンソーシアムにはSamsungのほかにITサービス企業のNational Computer Systemsや不動産開発業者のThe Ascott Groupが参加している)
---スマートホーム普及の障害は何だと思いますか。仕様標準が確立されていないことが、製品の相互運用性を妨げているという見方もあります。
重大な障害となるものはないと思います。もちろん、どの会社の製品も使えることが理想ですが、この試みはまだ始まったばかりです。シンガポール、香港、韓国のようにテクノロジーの受容度が高い地域では、スマートホームはかなりの割合で普及すると考えています。
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