最終更新時刻:2008年9月5日(金) 18時31分

オープンソース発展の秘密をアレン・マイナー氏に聞く

インタビュー:末松千尋(京都大学経済学部助教授)
構成/文:野田幾子
編集:山岸広太郎(CNET Japan編集部)

2004/01/23 10:01  

国内ITベンチャーのインキュベーションを行うサンブリッジ。これまでもミラクル・リナックスやホライズン・デジタル・エンタープライズなどをはじめ、十数社をサポートしてきた。今回は同社の代表取締役社長であり、かつて米Oracleでオープンソースへ携わってきたマイナー氏に、オープンソースが普及した背景や今後の行く末について聞いた。


サンブリッジ
代表取締役社長
アレン・マイナー 氏

1986年、米Oracleに入社。国際部で日本担当になり、初代日本オラクル代表として1987年から1996年までの10年間を日本で活動する。米Oracleへ戻った後はLinux/オープンソース担当のバイスプレジデントに就任。同分野におけるOracleの取り組みを内外へ伝える活動に従事した。1999年12月、日本にてサンブリッジを設立。ベンチャーが成長する理想的環境「ベンチャーハビタット」を提唱し、現在10社を超えるIT系ベンチャーへの投資/支援活動を行う。




「志」と「ビジネス」が併存するオープンソース

末松: 1998年当時、マイナーさんはOracle本社でLinuxを積極的に推し進めていましたね。その頃、何が起きていたんですか。

マイナー: 当時は1社でもLinuxの採用が決まるとビッグニュースだったし、正式に使っていますと発表したところは片手で数えられるくらいだったんですが、よくよく調べればLinuxを使っているユーザーは既にたくさんいたんですよね。プリントサーバで入れたけど公表してもらえなかったとか、上司に隠れてエンジニアがこっそり入れて使っていたりだとか。ですから私としては、一プラットフォームとしてLinuxはこれから伸びるだろうなという感覚は持っていました。

末松: 同時期、ユーザーだけでなくベンダーもLinuxをサポートするという意思決定を次々としていきました。背景には何があったんですか。

マイナー: IBMやOracle、InformixなどがLinuxでデータベースを出すと言い始めたことが、Linuxが普及しだす鍵になったと思います。こういった大企業がLinuxの上で動く製品を提供するのだったら、我が社でも採用を検討してみようかとさまざまな企業が動き出しました。

 背景としては、ソフトを作る側の「志」と「市場の広がり」、この2つが考えられます。そもそも「オープンソース」という呼び方は、エリック・レイモンドがオープンソースについて考察した論文「The Cathedral and the Bazaar(伽藍とバザール)」を出したことから生まれました。それまではフリーウェアという呼び方が一般的だったので、「Software must be Free」といった反資本主義的な雰囲気もあり、マーケティング的なインパクトもありませんでした。

 ところがオープンソースというちょっと面白そうな新しい呼び方ができ、しかもそれは皆がソースコードを見せ合ってメンテナンスできることに意義があるという。これだったら価格が安くなるだけでなく、メンテナンスやトラブルにはスピーディに対応できるし、インターネットを経由することで皆が協力し合っていいものにできますよね。ソフトウェアを商売にしているIBMがサポートすることを表明したのは、「フリーソフト(無料のソフトウェア)」とは呼ばずに「オープンソース」というマーケティングコンセプトができたのが大きかったと思います。

 実はその前から、OracleやInformixの内部にはLinuxが大好きで関わっていたエンジニアが何人も存在していました。これらの会社がLinuxに参入した背景としては、もちろんIBMの動きがコマーシャライズの上で大きく影響しましたが、既に使い込んでいる人間がいたことも無関係ではなかったと思います。

末松: もう一つの「志」の部分とは?日本の中には「オープンソースはエゴイズムで動いている」――つまり、基本的には各個人の利益を追求した結果として成り立っていると考える人が多いようですが、実際はどうなんでしょうか。

マイナー: 確かに、「自分のやっていることを認めてほしい」というレベルのエゴイズムは誰でも持っているし、オープンソースの世界にもエゴイズムが全面に出ている著名な方が多いので、そう思われているのかもしれません。しかし、Linuxの一番代表的な人物、リーナス・トーバルズに実際会えば、彼にはまったくエゴを感じられないはずです。彼は自分がやっていることの価値を社会から認めてもらっているし、他の人や社会のために活動し続ける意義を感じていますから。

 マイクロソフトもアップルも短期間で成功して大きくなった。その理由は、「皆のためにやりたい」という気持ちがあったからではないでしょうか。例えばアップルだったら「私にも簡単に使えるパソコンが欲しい」とか、ビル・ゲイツだったら「ひとつのデスクにコンピュータを1台、その次はひとつの家庭にコンピュータが1台」――そういうビジョンを共有できる優秀な人が集まって、新しい時代を作ろうというのが核になって会社が立ち上がったと思うのです。お金やブランドはその後から付いてくる。

末松: 「お金」と「名前」も重要だけれど、まずは社会をどうしていこうかと提案する「皆のための意識」を持つ、そういった志に共感させることが鍵だということですね。しかし、世の中の人、すべてが志に共感を覚える人ばかりでしょうか。

マイナー: いや、もちろんビジネスを「闘争本能を満たすためのゲーム」だと捉えている人もいます。いまビジネスの世界では、EQ(Emotional Intelligence Quotient・心の知能指数)を高めようという風潮がちょっとありますよね。知性だけでなく、人とのつながりも重視するといった。先日サンブリッジが提供している組織アセスメントサービスで、ある会社の営業マンに対する評価をやったところ、「売れる営業マンほどEQが低い」という結果が出たんです。EQが高いと人間関係を大切にしすぎてクロージングができなかったり、ノルマを果たせないということが生じていたんですね。

 ですからEQの高い人たちが集まっていい効果を出しているのは、もしかしたら志や会社のビジョンに共感しているのだろうという気がします。逆にEQがさほど高くなく、スポーツやゲーム感覚で次のムーブメントに乗るために勝ち負けを競うような、アグレッシブなセールスカルチャーを持つ会社は、志の高いビジネスカルチャーと相反するかもしれない。どちらも成功する方法でしょうが……。

末松: 「競争と本能」「志と理性」はそれぞれ相関関係が強いはずですから、いま言われたような分類はありそうですね。

マイナー: 理念ばかりあってもアグレッシブに取り組まなければビジネスは成り立たないし、アグレッシブすぎれば顧客までも敵に回してしまう。アグレッシブなセールスカルチャーを持ちながら志の高い会社文化を両立させるのは非常に難しいですよね。

末松: その点オープンソースは、志とビジネスが共存しているでしょう。時間がかかるかもしれませんが、社会に浸透していくのではないかと思います。

バーチャル組織の強いリーダーシップ

末松: リーナス・トーバルズが天才的なのは、エンジニアとしてよりも「インターネットを使ったバーチャルなソフト開発様式」を作ったことだとよく言われています。

マイナー: そうです。通常は大きな組織でなければ構築できないようなソフトウェアは、「企業」という形態をとる以外に方法はないと考えがちです。そして、フリーソフトは元来ひとりのエンジニアが作れるものに限定されていた。それをLinuxがブレークスルーしました。本当にたくさんのエレメントがあり、何百人、何千人もの世界中の開発者がバーチャルに関わる大きな仕組みを生み出しましたからね。

末松: しかし、オープンソースはインフラの部分がまだ脆弱ではありませんか。もう少しインフラを整備すれば、分散開発体制がさらに強化されるのではないでしょうか。現在、実際の開発に際して、細かい整合性の確保などはどうなっていますか? どんどん増大するセクションの間にインタラクションが生ずれば、さらに調整が大変になるのではないかと思うのですが。

マイナー: それはオープンソースだけでなく、パッケージソフトウェアの開発でも、同じことが言えます。Linuxがよかったのは、開発組織のリーダーシップがきちんとなされていた点でしょう。次のステップへと引っ張っていくビジョンを持っている、意思決定と判断を任せられる人物が必要なのであり、それで長期的な視点からインフラを作ることが可能になったんだろうと思います。

オープンソースの行き着く先は?

末松: 現在のIT業界にはかなりオープンソースが普及しましたが、今後はどういう方向へ発展していくと思われますか。

マイナー: 私は、オープンソースがソフトウェアの最終的なモデルではないと思っているんですよね。オープンソースのソフトウェアパッケージが無料で手に入ったとしても、結局はハードウェアを買わなくてはならないし、システム・インテグレーションも行わなければいけない。それではソフトを使うための周辺コストが馬鹿になりませんから。

 オープンソースよりも、もっと低コストでクオリティの高いソフトウェアモデルは、ピュアASPだと思うんです。世界のどこかにサーバがひとつだけあって、そこにブラウザでアクセスするだけで必要なソフトウェアを必要な分だけワンクリックで使えるようなシステムのイメージですね。

 そのキーワードは、「ユーティリティコンピューティング」。例えば住宅は、電気のスイッチを入れれば照明がついて蛇口を回せば水が出るでしょう。見えないところでは非常に複雑なシステムが支えているんだけど、使う側はそんなことをまったく意識せず必要なものが手に入ります。インターネットの世界でも、AmazonやYahoo! は複雑なバックエンド・システムを運営しているけれど、ユーザーは安いパソコンとブラウザがあれば、そんなことは気にしないで24時間好きなときにいつでも使えるでしょう。ユーティリティを供給する側としては確かに膨大な資本と設備投資が必要かもしれませんが、社会のインフラとしてある限りは、複雑な部分やコストのかかる部分をプーリングしてユーザーに安く提供しなければ。

 モデルとしての強みはソフトウェアが安くなるだけでなく、バグが少なくクオリティの高いソフトウェアを提供できるということです。通常のパッケージベンダーはバグが生じたら次のバージョンで直しますよね。場合によってはパッチを当てますが、かなり重大なバグであれば何千ものユーザーにそのパッチを配布して入れるように指導しなければならず、非常に負荷がかかります。

 その点に関しては、現在でもオープンソースが一歩抜きん出ていますよね。オープンソースをハッキングできるエンジニアが組織の中にいれば、バグが発生した際には組織の中で責任を持って直せます。ユーティリティコンピューティングの場合は、ひとりのユーザーが発見したバグを1、2日で解決できたとしたら、ほかのユーザーはそのバグの存在すら知ることなく使い続けられる。だから非常にクオリティが高く安定的で、「自分は一度もバグにぶつかったことがない」というイメージを持つんです。サポートやメンテナンスに関わるコストを著しく下げられます。

末松: オープンソースがいまの情報化社会の時代にさらに進化していって、OSやソフトウェアの一部を超えることはありえると思いますか。

マイナー: 確かに、OS以外の分野に広がらない理由は何もないと思います。オープンソースでWordやExcelに勝てるものが作れるかもしれない。例えばPostgreSQLはどんどんハイエンドに近づいて、既にOracleのデータベースの大部分へ対応できるようになっていたりもします。ですから、オープンソースで作れないカテゴリーというものは存在しないと思った方がいいでしょうね。

末松: ソフトウェアから離れたところでもオープンソース的な概念が拡がっていますよね。例えば大学でも、MITやハーバード、スタンフォードがオープコースウェアを推進しています。私の友人であるスタンフォードの教授もコースウェアをオープンにしたんですが、それに対して世界中から膨大な数のメールが来て、さらなるアイデアを得ることができた、と真剣に喜んでいました。オープンソースの概念が多方面に拡がっていくことに関してはどんな展望を持っていますか。

マイナー: コンピュータの世界から、リアルな社会へと広がっていくと思っています。オープンソースの発想の本質は、志や意識が高い人達が、誰かのためになる何か良いことをしよう、そのコミュニティのなかで自分の力を発揮して提供しよう、という気持ちにあります。これは、日本でもようやく話題になってきたソーシャルベンチャーの取り組みに、確実に波及していると私は見ています。

 これまでは、社会的な問題は行政や大企業など、お金がたくさんある大きな組織でないと解決できないと考えられてきました。ところがソーシャルベンチャー、つまり社会起業家というのは、個人や小さな組織から始めてネットワークを作りながら世の中にある様々な問題を解決しようとしています。その手法は、オープンソースと同じなんですよ。実社会のほうではまだ始まったばかりですが、リーナスのようなリーダーシップをとれる人が、どんどん現れてくるでしょう。とても楽しみですね。

インタビューを終えて

荒廃が進む日本社会で、昨今、志の高い人から「志が重要」であることをよく指摘される。眼の青いマイナーさんからも「志」という言葉が出てくるとは予想外だった(ちなみに会話はすべて日本語で行なわれている)。

「志」とは何だろうと以前から考えていたのだが、「長期的な観点に立つこと」「大局的、全体的な視野を持つこと」「Win-Winの関係を考えること」、つまり自分の属する組織や社会のことを考える気概や能力のことではないかと思う。

通常、多くの人は、理性よりも本能が強いので、組織や社会のためというよりは、権力欲の充足のために行動する。組織のためよりは、自らの権力のために行動していれば、ベクトルは結束して外へ向かわないで、内部での足の引っ張り合いでエネルギーは相殺される。

みなが組織のために行動すれば全体の利益につながるのは明らかなのだが、権力欲を充足する行動をとる人がいると、全体の利益を考える人はつぶされ、結局、みなが自らの本能のままに行動するようになる。ゲーム理論でいう「囚人のジレンマ」の典型例である。

ではどうすれば、「志」の高い組織を作ることができるか。オープンソースはどうして成功したのか。「ビジョンを提示し全体のために行動するように導く優れたリーダーの存在」と、「本能よりも理性で動くメンバーの存在」があったことは、これまでの連載で明らかになっていることである。

翻って、・・・。いや、もうオチは見破られていると思うので、今回はやめておこう。

2004年1月9日 末松千尋

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