この記事は『ダイヤモンドLOOP(ループ)』(2004年1月号)に掲載された「米国ハイテクワールドに学ぶ破壊的創造のマネジメント」を抜粋したものです。LOOPは2004年5月号(2004年4月8日発売)をもって休刊いたしました。
水や電気のように、ネットワーク経由でアプリケーションを提供する――。そんなASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)モデルの正当性を立証する企業が現れた。顧客管理ソフトウエアをネット経由で提供するビジネスで躍進中のセールスフォース・ドットコムだ。その経営の模範は、マイクロソフトだという。
Q ASP事業に着目した理由は?
A ソフトウエアをユーティリティとしてとらえたからです。従来のソフトウエアは、企業が購入してインストールし、時間がくればアップグレードをし、さらにメンテナンスも必要という手間がかかるものでした。しかし、ユーティリティとしてとらえれば、水や電気と同じように、インターネットに接続すればいつも新しいバージョンが使えるものとして提供できます。
Q セールス支援などのCRM(顧客管理ソフト)を選んだのはなぜですか。
A シーベル・システムズがこの分野で失敗していたからです。シーベルの製品を買った企業は、ほとんどがうまく使いこなせていない。
Q しかし、あなたはシーベル設立時の投資者で、同社株でも大きな利益を得ていますね。
A 確かに、そうです。私はオラクルで13年間過ごし、その後投資家としてシーベルをはじめとしたいくつものエンタープライズ・ソフトウエアの会社に投資をしました。1993年の設立時に投資をしたシーベル株では、巨額の儲けも手にしました。
シーベルが創業したころは、インターネットもブラウザもXMLもなく、またASPのコンセプトもありませんでした。しかし、この10年で状況は大きく変わった。オラクルもシーベルも、インターネット以降のビジネスを予想していなかった。しかし今、新しいテクノロジーによって、もっと使いやすいソリューションを安いコストで提供できるようになったのです。
Q シーベルも同じようなASPモデルを打ち立てようとしましたが、成功するとは思いませんでしたか。
A 失敗すると見ていました。なぜなら自分たちの従来のビジネスを食い殺すリスクをとろうとしなかったからです。古い製品を少しずつ下火にしていって、代わりに新しい製品を出していく。それをやらないので、われわれがやったというわけです。
シーベルのライセンス収入は、この36ヵ月で急降下しています。一方で当社は、同じ36ヵ月間にライセンス収入を2000%伸ばした。シーベルだけでなく、オラクル、ピープルソフト、SAPも、過去数年間はライセンス収入の低下で苦しんでいる。エンタープライズ・ソフトウエア業界では、倒産、縮小、買収、統合といった動きが出ていますが、これは古いかたちのソフトウエア産業が死に絶えようとしているからです。
Q オラクルCEOのラリー・エリソンは常々、若者が成功を望むのならITではなくバイオテクノロジーへ進め、といっています。オープンソース・アプリケーション財団代表のミッチ・ケイパーも同じことをいっていました。ITは死んだという見方は、世代によるものですか。
A ITが死んだとは思いません。今まさに、フェニックスのように再生を遂げようとしているところです。多分、エリソンにとってオラクルは死んでしまったのでしょうが、自分の問題を産業全体に投影しても仕方がない。われわれは幸運なことにエリソンに耳を傾けず、バイオテクノロジーにも進出せず、セールスフォースを創業した。
考えてもみてください。オラクルはここ2〜3年で画期的な製品を出しましたか。シーベルも同様です。イノベーションを続けているのは、マイクロソフトくらいではないでしょうか。オフィス、IP電話、ドット・ネットの展開、サーバなど、マイクロソフトは他のどの大手ソフトメーカーよりイノベーションを続けている。こうした会社のCEOは、ITは死んだなどといわないものです。まだまだ大きな市場があって、わくわくするというはずです。
「アマゾンとイーベイもASPの成功事例」
Q 過去5〜6年間で、ASPを提唱していた会社はほとんど消えてしまいました。セールスフォースだけがうまくいっている。成功の秘訣は何ですか。
A ASPで成功している会社は他にもありますよ。たとえば、アマゾン・ドットコムは、もともとオンラインのブックショップとして出発しましたが、現在の同社のプラットフォームは、別の会社がそこで店を開き、e コマースをして、クレジットカードの取引ができるようにデザインされている。
アマゾンを背後に隠し、ウェブサービス・プロトコルを利用して自分の店を開店させることも可能です。だからアマゾンは、ASP なのです。アマゾンは、すでにSAPやマイクロソフト、オラクル以上にeコマースを管理している。世界中の売買を自動化できるからです。イーベイも同様です。この2社はeコマースのASPと見るべきです。ヤフーも、eコマースはもとより、他の企業が自社の運営に必要な機能をヤフーのサーバ上にセットアップすることができる。
またウェブエックスという会社がありますが、ここも、オンラインのプレゼンテーション機能を提供して成功しているサイトです。このように、ASP で成功している会社はたくさんある。ただ、セールスフォースのように特定のビジネスオートメーションで成功している会社は少ないということです。
Q アマゾン、イーベイ、ヤフーなどは、先にB-to-Cやeコマース回りのビジネスで一定のスケールの利用者を確保し、土台ができたところで、既存のインフラをテコにしてASPに移行した。しかし、最初からピュアなかたちでASPを打ち立てたスタートアップは、ほとんどが失敗した。ところがセールスフォースは生き残っている。
A 成功する会社には、優れた経営陣が揃っていて、優れたテクノロジーがあり、顧客も満足し、グローバルに経営して確固としたブランドを確立している。それこそ、われわれが目指してきたことです。セールスフォースは、ASPとして成功しようとしたのではなく、いい会社になろうとしたのです。
Q グーグルが近い将来IPOをするのではないかと話題になっています。セールスフォースはIPOについてはどのように考えていますか。
A われわれは非常に慎重で保守的な会社ですから、IPOについてはなんの計画もありません。過去8四半期連続でキャッシュフローが黒字なので、このままでもやっていける。収入は、2000年に500万ドル、01年に2300万ドル、02年に5100万ドルと伸び続け、03年は1億ドルに達する見込みです。しかも、1999年3月に創業したあと、2000年にかけて合計6500万ドルの投資資金を集めたのですが、まだ5000万ドルしか使っていない。
Q シルバーレイク・パートナーズの投資家であるロジャー・マクナミーは、セールスフォースは「顧客側の不安感」が障害になっているといいます。つまり、確固たる証拠はないものの、このソフトはセキュリティに穴があるのではないか、こちら側で管理が十分にできないのではないかと、製品を100%信頼するのに心理的な抵抗を感じるということです。この問題にはどう取り組んでいますか。
A 同じようなモデルで成功している他業種の例を出して説明します。たとえば、給料支払いをアウトソースし、請負会社へデータをすっかり移行させている企業はたくさんあります。あるいは銀行。銀行に金を預けているからといって、心配しませんね。給料支払いをアウトソースしても大丈夫で、銀行に金を預けても安全で、ホットメールの電子メールを利用しても、アマゾンに店を出しても心配はない。
そして、セールスフォースに販売データがあっても安心なのです。時間をかけて、その安心感を築いていくのです。何度も対話しながら、顧客の成功があってこそ、われわれも成功するのだという、同じメッセージを伝える。いずれヨーロッパや日本でも、さらに多くの企業がデータを社外に移行させるこのモデルに倣うはずです。
今、ベンチャーキャピタリストに話を聞くと、彼らはもはや従来のようなソフトウエアメーカーには関心がない。それよりも、セールスフォースと同じようなモデルのスタートアップに投資を向けているといいます。それも、特に業界のバーティカルな問題を解決するようなソフトを開発しているところが多いと聞きます。
利用状況をモニターし顧客にアドバイス
Q ソフトウエアを顧客側にインストールする従来のモデルと比べて、ASPモデルの利点は、顧客の利用状況をモニターできることです。そのデータはどう利用しているのですか。
後者の場合には、連絡を取って「あまりお使いでないようですが、どうされましたか」と問題点を聞き出す。必要なら、トレーニングをしたり、エンジニアを送ったりするわけです。われわれは、こうやって常に全顧客の利用状況に目を光らせていますが、シーベルやオラクル、ピープルソフトのような古いモデルでは、いったんソフトを納品したらそれまで。電話もかけてきません。ましてや、使っているのか、満足しているのかなど、気にもかけてくれません。
Q 利用状況をモニターするデータマニング技術には、かなりの研究開発費を注ぎ込んでいるのですか。
A 自社内でいろいろなツールを作っています。製品がちゃんと受容されているのか。ここを調べられるのが、セールスフォースの強さの秘密です。
Q ところで、あなたはラリー・エリソンよりもビル・ゲイツのほうを尊敬しているようですね。マイクロソフトを目指しているのですか。
A この業界で見習いたい企業があるとすれば、マイクロソフト以外には考えられません。まず、従業員を大切にする。そして、その業界で絶対一番になる。そして、グローバル企業である。さらに、社会に大きなインパクトを与えた。好き嫌いはともかく、インパクトを与えたことは確かです。マイクロソフトが優れた会社だと思うのは、そういう理由です。
マーク・ベニオフ Marc Benioff
アップルコンピュータ勤務のあと、リバティー・ソフトウェアを設立。その後オラクルに入社。上級副社長まで登り詰めた。1999年にセールスフォース・ドットコム創業。同社は社会貢献活動に熱心なことでも知られ、利益、株式、従業員の就業時間のそれぞれ1%を同活動に費やすことを掲げている。
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